第29話 それぞれの決意
「大丈夫?イザーク」
「はい、もう大丈夫です」
「大丈夫そうじゃないよ!もう、横になって!」
客間に戻ったシリルは頬を膨らませイザークをベッドへと誘導する。イザークはソファでよいと遠慮するもシリルはそれを許さずにベッドに横になるイザークに満足した。
「もう、ちゃんと休んでよね!」
まるで母親みたいだなとイザークは休む準備をした。目を閉じると瞼が重くなり夢の中へいざなわれていく。
「やっと寝たかな?」
目をパチパチとまばたきをするとイザークに顔を近づける。イザークの反応がないと確認するとニンマリとした。
「よしよし寝たね?」
念の為にとシリルは浄化魔法をかけることにした。ゆっくりと息を吸うと指先に力を込めた。
『汝の心の闇を癒せ、妖精王の祝福を』
シリルが唱えた呪文に反応して青白い光がイザークを包みこんだ。光が消えるとイザークが静かな寝息をたてているのが確認できる。
「うん、アイリーネほどじゃないけど、僕も小さな闇くらいなら払えるからね」
満足気に独り言を呟やき二人掛けのソファに勢いよく座る。窓の外を見ても雨ばかりで昼か夜かも曖昧だなとぼんやりとする。
それにしても、あの子マリアンヌだっけ?執着がひどいな生まれ変わってもチャンスを貰ってもあんなに囚われるなんて………
もしかしたら?魂の深い所まで闇が入ってしまってるのかな、そうだとしても自業自得なのかも知れないけどね。
――ねぇ、イルバンディ様。僕はもう貴方と直接話ができないけど、僕の声は聞こえてる?
イルバンディ様は僕が人間のように情が芽生えたって言ったらどうする?
僕はアイリーネに幸せになってほしいよ?でもね、イザークやユリウス達にも幸せになってほしい。みんながなんて欲張りだよね?それでも僕、頑張るから……
だからイルバンディ様、見ててね!
愛しい人がこの腕の中にいる。そんなはずはないとわかっていても、夢なら醒めないでほしいと願う。
君の温もりも君の香りもこんなにも鮮明なのに?もしかしたら、君を失ったという悪夢を見ていただけではないのか?そうだろう?
ただの夢だと言ってくれ、アレット
夢ではないと否定したのか今まで腕の中にいたアレットは霧のように消えてしまう。
「アレット行かないでくれ!」
どれだけ叫んでもアレットは戻らない、絶望に膝をついた。思考は停止したかのように凍りつき動けない。
イザークは諦めに似た感情で自問自答する。そうだアレットはいない。見ただろう?アレットがどんな目に遭ったか。
イザークの四方は黒く染まり真っ暗な闇の中にただ一人残された。このままでもいいのかも知れない、君がいないのなら……
………白い光?黒い空間に突如として現れた光。
届きそうで届かない懸命に手を伸ばすと光に触れた
光は大きくなり目が開けている事ができずにイザークは手をかざした。
徐々に光は落ち着くと今度は人影が現れる。
――アイリーネ様!
イザークは慌ててアイリーネを抱き寄せた。今度は消えてしまわぬように。アイリーネの体温を感じるとホッとする。
今度こそ守ります。誓います。自分の命をかけてもいい。たとえ、あなたの隣にいるのが自分ではないとしても……
「うーん?イザーク悪夢は見ないように払ったんだけどな?うなされてる?」
シリルはイザークを起こすべきか悩んでいたが最期に笑みがこぼれたのを認め、もう少し寝かせてあげようと鼻歌まじりで窓の外の変わらぬ風景を眺めた。
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アイリーネの髪に髪留めが着けられる。
「よし、こんな感じかな?」
短い髪に触れ怒りが再び込み上げそうになる。柔らかで艶があった長い髪は今ではこの有り様だ。リーネ自身はこの国では珍しいピンク色の髪が気に入らないようだった。
「私もお兄様と一緒がいい」と、父と俺の銀髪を羨ましいと言ってたな。今にして思うと家族として違和感を感じていたのかも知れない、共通点を探していたのかも。
リーネ……頬に触れてもリーネの温もりはない。目も開けることもない。笑いかけて、名を呼んでくれることもない。こんなにも近くにいるのに?5年ぶりだというのに?あの時、記憶が書き換えられなかったら違う未来に辿り着けたのだろうか?
後悔ばかりで悔やんでも何の意味もなない。わかっているちゃんとわかっている。
だから絶対に忘れない。今の光景も断罪された時の姿もそれから妖精の瞳に記録されたすべてを!
二度目の人生に俺のすべてをかけよう
リーネに俺のすべてをあげる
アイリーネの冷たく硬くなった手をそっと持ち手の甲に唇で触れた。ユリウスの唇にまで伝わる冷たさに、
これも絶対に忘れないと新しく誓いをたてた。
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フードの人物は追われていた。何故自分が追われるのかはわからないが、逃げなければ命が無いことだけはわかっている。
街の人混みに紛れ込むとホッとした。後ろを振りむいても自分を追いかけていた人物は見当たらない。周りを確認すると露店に群がる人に行き交う馬車、笑っている家族連れ、どの街にもある日常だ。
「残念だったな」
ハッと前を見ると追っていた男が目の前にいる。
「私はあなたのために……?」
言い終える暇もなく鋭い痛みに自身の胸部を確認する。細身の剣が刺さりジワジワと出血するのが見える。剣が抜かれる感覚がするも体が支えられずに地面へとダイレクトに倒れる。
近くで悲鳴が上がる中、刺した人物は燃え盛る炎みたいな瞳をこちらに向け言い放った。
「俺のため?そんな事頼んだか?言ったはずだあの子に危害を加える者は許さないと。まあ、回帰したら意味がないかもしれないがな?お前も忘れるんだろうし」
冷たく言い終えると踵を返し歩んで行く。フードの人物は去っていく赤髪に懸命に手を伸ばすが息絶え、その手はむなしく地面に落ちた。
騒ぎがおきている現場から離れ赤髪の男はため息をついた。どこの組織でも上のいう事を聞かないやつはいる。
だったら組織自体を壊滅させたほうが早いのか?
どうやったらあいつを守れる?
もっと近くにいるべきなのか?
近くにいても今度も頼れる兄のような存在の仮面を被り続けることはできるのか?
考えを遮る笑い声が聞こえてきた。近くで子供達が楽しそうに走りまわり遊んでいる。先程の現場からそう離れてはいないのに子供達には関係なく日常が続いている。
子供が遊んでいる。俺達もそうだった。小さい頃からずっと一緒だったな。こんなにも永く離れることになるとは、あの頃の俺は夢にも思っていないだろうな?
だけどな?永い年月が過ぎたとしてもお前達が大事な存在なのは決して変わらない。
だから、いい兄としての仮面を被るよ。お前達が笑って過ごせるなら俺の気持ちなんて簡単に蓋をしてしまおう。
淋しげに笑った赤髪の男はすぐに決意に満ちた赤い目を大切な人がいる遠い国の方角へ向けた。
それぞれの想いが溢れる中、時間は過ぎていく。
夜半となり各々の決意を持って儀式に望むべく、地下神殿に集まってゆく。
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