第28話 地下牢にて
公爵家の応接室は落ち着いた色合いで統一されている。暖炉の上には家族それぞれの小さな肖像画が飾られておりリオンヌはその中でアイリーネを見つけると思わず微笑んだ。
初めて瞳を開けているアイリーネを見たリオンヌは母であるエリンシアにとてもよく似ていると感心する。
「お茶が入りました、どうぞおかけ下さい」
パトリスの言葉に頷きソファに座ると優雅な仕草で紅茶に手を付けた。
「あらためて、お久しぶりです。パトリス様」
「あ、ああ。はいお久しぶりです」
「………恥ずかしながら、昨日陛下に伺うまで夢にも思いませんでした。――私の娘を育ててくださりありがとうございます」
「……いえ、今では本当の娘だと思ってます。ですが……あの子が断罪されてしまうなんて――何かの間違いだと関係部所に問い合わせをしている間にこんな事に……」
リオンヌはティーカップを置くと足を組みカロリーネを見据える。
「パトリス様はそうなのかも知れませんが、夫人は違いますよね?」
「――っ!」
不意に話しかけられカロリーネは膝の上にある手をギュッと硬く握りしめた。
「それは――」
「パトリス様――」
カロリーネを庇うように言葉を発したパトリスを制したリオンヌは、パトリスのまだ知らない真実を告げる。
「あの子は……アイリーネは妖精の愛し子だったのですよ。私は陛下と共に妖精の瞳を使用してすべてを見ました。夫人はアイリーネに愛情など持ち合わせてなかったですよね」
カロリーネは事実を指摘され開き直るように言い返す。
「――当たり前じゃないですか?私はエリンシア様が大嫌いだったのですから!」
「カロリーネ!!」
「だって、あなた!あなたもエリンシアをお慕いしていたのでしょう?だから王家からあの子を預かるように打診があった時に受け入れたのでしょう?」
「何を馬鹿な事を……」
パトリスは静かに息を吐くと両手で顔を覆った。しばらくの間沈黙が続くと意を決したように語りだした。
「罪ほろぼしの、つもりだったんだ」
「罪ほろぼし?」
今まで静観していたリオンヌも何やら不穏な言葉に眉を上げて問う。
「はい、昔エリンシア王女が家出をされたことがあったでしょう?」
「ありました」
リオンヌは記憶を手繰り迷子になり王家の森で初めて出合った子供の頃のエリンシアを思いだしていた。
「あの時の陰口を言っていたグループの中に私もいたのです。私は直接言ってはいませんが一緒になり笑っていました。途中で王女が近くにいることを知った私は口を噤みましたが、ただその時の王女の顔が忘れられなくて……」
「でもあなた。子供が言ったことではないですか?」
「いや、王女は私達の家名はださなかったが、不敬罪だよ」
「そんな不敬罪なんて」
「いや。子供が言うことだからこそ、家で誰かが言っている。そう思われても仕方がないことだよ?本来なら処罰されていたかも知れない」
「………」
「わ、私は……あなたまでエリンシア様をお慕いしていると思ったのです。だからエリンシア様によく似たあの子が憎くて……」
「カロリーネ……」
パトリスは青い顔でうなだれた妻の肩を抱き慰めた。
「では、あの子自身と何かわだかまりはなかったのですか?」
「ええ、あの子自身がではありません……」
リオンヌはハァとため息をつくとアイリーネが不憫でならなかった。大人達に振りまわされただけではないのかと。
色々と言いたいことはあったが、リオンヌも知らなかったとはいえ子供を預かってもらっているという事実もあり、泣き出しそうなカロリーネにこれ以上何も言う気がおきなかった。
トントントントン、扉がノックされ執事に案内されたリオンヌが部屋に入ってくる。
「ここがあの子の部屋ですか?」
「ええ」
リオンヌはアイリーネの部屋に入るとキョロキョロと見渡した。白を基調とし家具や寝具類については上質な物だと見て取れた。パトリスの本当の娘だと思っていると言った発言を裏付けするようでリオンヌは安堵する。
部屋に置いてあるドレッサーやぬいぐるみを見つけアイリーネの生活の一部が垣間見れ笑みがこぼれた。
「そのウサギのぬいぐるみはアイリーネのお気に入りなのですよ?」
「そうなのですか?」
「昔、家族で一緒に街に出掛けた時に気に入って、母が買ってくれた物なのです」
「……そうですか」
複雑な思いが絡み合いリオンヌは瞼をギュッと閉じた。一つの側面だけでは計り知れないのだろうと自分を納得させていった。
「それは?」
リオンヌはユリウスの手にしている銀細工の髪留めが目に入る。
「ああ、これは今年の誕生日プレゼントです。リーネが連行された日は15歳の誕生日だったので」
「そうなのですね」
「はい。気に入ってくれていたようなので、リーネにつけてあげようかと思いまして」
「………そうですか」
「回帰したら意味がないんじゃ?」
確かにクリスの言う通りなのかも知れない。
回帰すればすべて無に帰すだろう。
だからといって俺の想いまで無くなるものじゃない。
ユリウスは内ポケットに忍ばせた手紙を上着の上から触れるように左胸に手を添えた。
――この手紙も俺が覚えている限りずっと俺の中には残っているだろう?
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地下へと続く階段は薄暗く狭い。ジラールとアベルは慎重に階段を降りていく。
「話はできる状態なのか?」
「そのように聞いてます。時々、意味の分からないことを話すと報告がありましたが……」
「そうか……」
ジラールは地下の牢屋でマリアと対面した。マリアに会えば何か新しい事実がわかるかもと思われたからだ。
「何か申し開きはあるか?」
「申し開き?私は悪くありません!私は騙されたのです!」
「騙された?誰にだ?」
「わかりません」
「わからない?」
マリアはきまりが悪そうに小さな声になる。
「だ、だってフード被ってたし顔もわからないし」
「何か特徴は?」
「……わかりません。でも本当なの。あの子がいなくなればすべて上手くいくからって、あのペンダントを貰ったの!」
「そうか……」
これ以上ここに居ても意味はないと踵を返した時、マリアは柵を握りしめ大声で叫んだ。
「ま、待って下さい。あ、ああ殿下、殿下ではありませんか!?」
「何?殿下?」
振り向いた二人はマリアの変貌に驚愕した。マリアは柵の間から両手を伸ばし狂気に満ちた眼差しで真っ直ぐにアベルを凝視している。
「殿下、お願いです!私を助けて下さい!殿下」
「アベル知り合いか?お前を見ているが」
「いえ、知り合いでは……」
「いや、恐ろしいくらい息子と似てるなって」
アベルはユリウスに言われた言葉を思い出し、ハッとした。
「いえ、私ではなく、もしかしたらイザーク――」
「父上?」
「クリストファー!?何故ここに?」
「それは彼女に直接話が聞きたくて」
クリストファーが階段から降りてくると後に続いたシリルとイザークをチラリと見やるとジラールはイザークに声をかけた。
「イザーク、そなたはマリア・テイラーと知り合いなのか?」
「は?いいえ。アイリーネ様に執拗に嫌がらせをしてましたので顔は知っておりますが……」
マリアに向き直るとイザークはマリアと視線を合わせた。その瞬間にマリアは恍惚とした表情でイザークへと手を伸ばす。
「殿下、私です。お願いです、助けて下さい!」
「!! マ――」
――マリアンヌ!
イザークは言葉を呑みこみ口を手で覆った。後に続く言葉は出て来ない。マリアの表情は過去によく見た自分を見る際のマリアンヌの表情と同じだった。
イザークは青ざめ呼吸も荒くなる、遠い昔アレットが処刑されマリアンヌと交わした言葉と行動が蘇る。
――アレット……アレットは処刑され魔力を暴発させた私は―
「イザーク!」
イザークはシリルに声をかけられ我にかえる。
「イザーク、顔色が悪いよ。休んだ方がいい!」
「………」
「では皆様、僕達は休ませていただきます」
「あ、ああ。そうしなさい」
さあ行こうとイザークの背中を押しているシリルはペコリと頭を下げるとイザークと共に階段を上がっていく。
あとに残された人達はマリアを不気味な者でもみるような視線で沈黙したままで、しばらくの間佇んでいた。
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