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断罪された妖精の愛し子に二度目の人生を  作者: 森永 詩


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第272話 日常と憂い

 その日は雲り空だった、だから外は少し肌寒い。

 だけど、今の私は寒さなど気にならない。

 

「寒くないか?」

「大丈夫よ。ユーリからもらったショールがあるもの」


 そう言って私は肩からかかるショールを少し持ち上げてみせた。

 ユーリから貰った砕いた火の魔石を織り込んで作られたショールはとても暖かい。それに最近では馬車の中の冷暖房器具も改良されているので寒い冬でも暑い夏でも快適である。


 今日は王妃様から招待されたお茶会の日。王宮に向かう馬車の中、私とユーリは向かい合い座っている。ユーリの隣にはイザーク様がいる。

 お茶会の日という事はコンラッドに罠を仕掛ける日である。この事は一部の人を除いてもちろん秘密。罠を張るのだから相手に知られるわけにはいかないし、危険な人物が街を自由に徘徊していると王都に暮らす人が知ったらパニックになる。


 少し窓に近づいて外を眺めて見た。

 馬車から見える人達は普段通り変わらない。

 平穏な日々に思える、大なり小なり様々なことがあるのだろうが行き交う人にとっては日常。

 

「リーネ、リオンヌ様が心配なのか?」

 

 ユーリにそう問われて視線を窓からユーリに移した。

 心配、もちろんしている。お父様も現場の近くに待機しているし、無事に帰ってくるまでは落ち着かない。

 全て上手くいけばいいと思うけど、本当に大丈夫だろうかとも思う。それ程コンラッドは強い、彼はすでに人間を辞めている当然だとも言える。



「俺達に今出来ることは日常を装うこと。あいつに罠だと気付かせないこと、だからリーネも王妃様のお茶会を楽しんでおいで」

 そう言うとユーリは私の隣に座り直すと手を握った。

 繋ぐ手からユーリの温もりが染みて来る。

 手を繋ぐ、たったそれだけの事なのにこれほど安心するなんてユーリはすごい。


「うん、楽しんでくるわね。ありがとうユーリ」


 私の言葉にユーリも微笑みながら大きく頷いた。




 

 ユーリの手をとり馬車を降りると小さな子供がいた。

 

「あれ?ジミーじゃないか、どうしたんだ」


 ジミー、どこかで見覚えがあると思ったらヴェルナー領にある村アジロの最後の一人である男の子。

 あの時と違いシミ一つない白いシャツを着たジミーはペコリとお辞儀をした。


「ジミーの身柄は王宮魔術団預かりとなっている」


「預かり?まさかジョエル様がお世話をしているの?」

 ジョエル様が子供の世話なんて想像つかないけれど……。


「そのまさかだ」


 そう言うとユーリはクククと口元に手をあてて笑った。


「あのぉ、おむかえにまいりました」

 ジミーは遠慮がちにユーリに要件を告げる。


「お迎えだと?」


「はい、ユリウス様はこのまま王妃様のお茶会にいきかねないから、とジョエル様が」


「………そりゃあ、王城に来るからいつもよりリーネ着飾ってるし、変な虫が付いたら嫌だけど。流石に仕事に行かないなんて!?」

 ユーリはジトリとした目でジミーを見つめた。



「そんなわけないよな?イザーク」


「ノーコメントでお願いします」


「………」


 ユーリは私の後ろで控えているイザーク様に同意を求めたが、残念ながら叶わなかったのでガックリと落として「仕事してくるよ」とジミーと共に王宮内に消えて行った。




 王宮内にある王妃様専用のサロンに通された。

 目をひいたのは大きな窓で、陽の光が採り入れられていた。豪華と言うよりは温かさのある部屋で王妃様の好きな薔薇が飾られていた。

 あまりジロジロと見ては失礼にあたるから王妃様に挨拶すると席に着いた。


 

 小規模とは聞いていたが、参加者は私にポポ、それから二人の王子となぜかマリアとシリルの妹であるシルフォーネ様がいた。



「アイリーネどう思う?お母様何か思うところがあるのかしら?」

「思うところ?」

 私はポポの言う意味かわからずに首を傾げた。

 

「ローレンスのお嫁さん候補とか?」

「「えっ?」」

 向かいに座るマリアやシルフォーネ様に聞こえないように小声で話したポポだけど、隣に座るローレンス様には聞こえたようで、私と同じように驚いている。



「それはないだろう、コーデリア。私よりも兄上の方が先だろう?」

「お兄様の事は諦めたんじゃないかしら?だから、ローレンスの婚約は早く決めておきたいのではないの?」

「それは……」

 可能性がないとは言えなくてローレンス様は口を閉ざした。


「婚約なんてまだ考えられないよ」

 いつもは大人びたローレンス様だけど、小さく呟くと口を閉ざしてしまった。

 ポポが言い出したことなのに、下を向くローレンス様にきっと違うわねと慌てて言っていたけど実際の所はどうなのだろうか。


 

 マリアとシルフォーネ様、二人共年相応の品のある可愛いドレスに身を包み紅茶を嗜んでいる。作法も身分も問題ない。ローレンス様は王にはならないのであれば臣下となる。その場合、新たに身分を頂くか婿入り。マリアは跡継ぎとなるしその可能性もある。


 結局、王妃様は何も仰らなかったし、ローレンス様は貝のように口を閉ざしてしまったから、クリス様が気を利かせて場を盛り上げることになった。




◇  ◇  ◇


 見覚えのある男はヨタヨタとした足取りで歩いていた。明らかに体調は良くないのであろう、コンラッドと通り過ぎる時に振り返る者もいるほどだ。ジョエルにより大体の位置は掴めていたが、実際目にするとリオンヌはごくりと喉を鳴らした。

 


「いた、コンラッドですね」

「ああ、分かっている」

「頼みましたよ」

「ああ!」

「くれぐれも気取られないように頼みましたよ?」

「分かってるって、じゃあな」

 軽口を叩いているカイルだが、実際は緊張しており喉がカラカラであった。しかし、ここ迄来たのなら後には引けないと腹をくくる。

 行ってくると片手を上げると対象者であるコンラッドの方へ早足で歩いて行った。

 


 リオンヌは遠ざかるカイルを送り出す。

 作戦は始まった、自分に出来る事は後は祈るしかない。

 


「父上……どうか見守っていて下さい」


 リオンヌは亡き父に祈った。

 どうか、これが最後になります様にと静かに瞼を閉じ祈りを捧げた。

 



 

  

読んでいただきありがとうございます。

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