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断罪された妖精の愛し子に二度目の人生を  作者: 森永 詩


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第269話 歪めた記憶

 何を今さら言っているふざけるな。


 男の頭の中はその一つの思いで塗り潰されていた。


 見渡せば闘技場から帰路に向かう人の群れがいる。そんな中、男はふらりと蹌踉めくと壁に手をついた。


 

 闇の魔力を持つ者の保護だと?本当に今さらだ。

 罪を犯していなくても、存在自体が罪であるかのように扱っていたのはお前達ではないか。

 かつては闇の魔力も他の魔力同様、妖精王が統べていた。それを闇は異なるものだと外された、捨てられたのだ。


 コンラッドは帰路に向かう人々を見つめた。

 剣術大会の興奮が冷めていないのか、コンラッドの目には浮かれているように見える。



「……平和ボケどもが」



 アルアリアは大国でもあるが歴史もある。長い歴史の中で戦が起こったのは数えるほど。

 最後はジャル・ノールドの生きた時代である。

 平和であったため危機感が低いのも事実、だがコンラッドにとっては勝機とも言えよう。 


「今に見ていろ!」


「何を見ていればいいのかな?」


 聞き覚えのない声に驚いたコンラッドは勢いよく振り向いた。視界に入れても見覚えのない姿にコンラッドは眉をひそめた。茶色の髪に平凡な顔立ち見覚えのない姿ではあるが、その身に纏う気配にすぐに気付いた。



「あなたでしたか……」

「私が誰だか分かるのだね」

「………」

「もう、思い出せないのかと思ったよ。だから同胞にも手を掛けたのかと……」

「仕方なかったのです、闇の魔力を思った以上に消耗してしまいました。私を捕らえに来たのですか?いや、あなた達はそもそも人間の世界に手出しはしない――でしたね?」

 コンラッドは顔を歪ませて笑った。


 そんなコンラッドを表情を変えずに見つめる男――ロジエの体を借りたカルバンティエはコンラッドを哀れだと思った。

 コンラッドには人として道を外れる事なく生涯を終える、そんな選択肢もあったはずなのに、自らの手で壊してしまったのだから。


 その想いはロジエの表情に出ていたようで、コンラッドの気に障ったようだ。怒りに震えるコンラッドに対してロジエは気にせず淡々と話すことにした。


「お前は――そうやって言い訳ばかりしているから、真実も歪めてしまったのだな……」

「真実?」

 コンラッドは意味が分からないと首を傾げる。


「………妖精王は孤独な存在であるべき、誰に心を砕くことなく――それは確かに正しいことだろう。しかし、お前がルシアを殺めた理由は違うだろう?」

「何を――?」

「現にお前が狙ったのはルシアではないだろう?よく思い出してみろ、あの時お前は誰を狙った?」

「だ……れを――?」


 コンラッドは遥か遠い日を思い出していた。

 自分の掌にはナイフがある、あの時――自分は……

 叫びながら手にしたナイフを向けた先にいたのはルシアではなく――妖精王、イルバンディ。

「えっ?嘘だ?」 

 コンラッドは困惑していた。

「あの女ではなく……妖精王を?」

 なぜ妖精王を襲う必要があるのだ?

 そんな理由、自分にはあるはずがない。

――本当にか……?本当にそうなのか?

 コンラッドはゴクリと唾を呑み込んだ。



「ラッド」


 そう呼ばれてカンバンティエに視線を向けた。


「お前はそう呼ばていただろう?」


 そうだ……彼女にそのように呼ばれていた。

 彼女、ルシアとは幼馴染だった。いや、自分の住む教会の近くに彼女の家があった。

 物心がついた時には親は存在していなかった。

 世話をしてくれていた教会の者によると、親に捨てられることは闇の魔力を持つ者にはよくあることだそうだ。そのように聞かされていたから、そうなのだなとしか思っていなかった。

 だけど近くに住むルシアは違った。

 闇の魔力はただの属性であり、他の属性と差異はないと彼女は言った。

 そのルシアが選んだのは妖精王で、また妖精王も彼女を選んだ。



「そうだ……それで、あの日……」


 妖精王を刺したところで死ぬことはないのは分かっていた。怪我をすれば療養のため妖精達の国に帰るだろう、妖精の国は時間の流れが人間の世界とは違う。

 その間にルシアも年をとり、下手をすれば寿命を迎えるかも知れない。


 ナイフで妖精王を目指した。

 だけど、凶器に倒れたのはルシアで、赤い血を流しながら横たわるのはルシアで。

 自分の手でルシアを手に掛けたと認めたくなくて。



「あ……ああっ――!!」 


 コンラッドは膝から崩れ落ちた。

 頭を抱えて「違う違う」と繰り返しているコンラッドをカルバンティエは冷ややかに見つめた。


 自分の記憶を捏造して過去に囚われて、多くの罪を犯した。どれほど多くの者が犠牲になっただろうか、そう考えるとカルバンティエにはコンラッドは救いようのない罪人に思えた。


「もう、終わりにするんだ」 


「終わり……」


「引き返すなら――今だ」


 これ以上の罪を重ねるな。新たな犠牲者を出すな。

 カルバンティエはそう望んだ。


 そして、コンラッドに手を差し出した。

 差し出された手をじっと見つめていたコンラッドだったが、それもつかの間、その手を払い除けた。


「うるさい!黙れ!」

 

 自らの体に闇の魔力を纏わせて、コンラッドは地面にある影を利用しその身を隠した。



「そうか……残念だ。そうだね、すでにお前は人であることを捨てていたんだったね」


 

 影はすでに移動している、カルバンティエの言葉はコンラッドには届かないだろう。



「私に出来ることは限られている、悔しいよロジエ」


「カルバンティエ様……」 


 カルバンティエの気配はロジエの中から消えた。

 カルバンティエと共存しているロジエには直接カルバンティエの心情が伝わってきて、その想いに胸が痛くなった。


 胸をそっと押さえたロジエは日が暮れる中、家路に向かい歩き始める。まだ街には人の姿が多くみられる、人々にとってはいつもと変わらない日常だ。この平凡な日々が続きますようにとロジエは心の中で強く願った。

 

読んでいただきありがとうございました。

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