第267話 波紋
王の言葉に観客達は戸惑っていた。
エルネストの言葉に困惑が広がった。
エルネストが正しいことを言ってるのだと皆分かっている、それでも近年王都での事件の大半は闇の魔力を持つ者の仕業であった。
「そうは言われても……な?」
「ああ、バザーの時の犯人もそうだし、この間城に避難した時のも闇の魔力が関わってるんだろ?」
「わたし、怖いわー」
観客席はざわついた。
王の言葉だとしてもすんなりとは受け入れなかった。今まで闇の魔力は悪であり、保護される対象ではなかった。
「でも優勝者の願いだろう?」
「そんな……」
「それにしても何でそんな願いを?」
「さあな、お貴族様の言うことが俺達に分かると思うか?」
観客達の興味はエルネストに向けられた。
恵まれた貴族の偽善か戯れかとエルネストに視線が注がれた。
エルネストは表情を変える事もなくその場に待機している。表情を変える事がないのは、結果が分かっていたからだった。長年の認識を変えるにはそれなりの理由が必要だ。剣術大会の優勝の褒美では弱いだろうとエルネストは分かっていた。それでもエルネストは言わずにはいられなかった。アイリーネやローレンスと関わる内にエルネストの心にも変化が生まれていた、表舞台に立ちたいと。別に重要なポジションが欲しいわけではない、自分の能力を隠すことなく披露出来る場が欲しいと、そう願った。
「分かっていたではないか……」
エルネストは右に左に視線を向け、苦笑いすると目を伏せた。
自分で分かっていたはずだと慰めても、周囲からの晒されるような視線は堪える。
自分以外と周囲、いつもそう別れていた。期待などなかった、それでも望みを捨てたくなかった。
けれども、エルネストは言わなければ良かったとは思わなかった。好意的に受け止められないとしても、自己満足だとしてもエルネストはこれからも叫び続けたいとそう思って……笑みを溢した。
その時、パンパンと力強い拍手が響いた。
どこからだろうかと、観客席を探せば拍手の主はすぐに突き止められた。観客席の正面、王族席に座るローレンスである。
ローレンスは立ち上がり力の限り手を叩くと声高々に宣言する。
「私も王族として、そして光の魔力を持つ者として、エルネスト・オースティンを支持します。闇の魔力を持つ者も同じくアルアリアの民だ。今すぐにとは難しいことも承知しています。それでも、歩みよる努力をしていきましょう!」
先程のざわめきが嘘のように消え無数の双眸がローレンスに向けられる。観客達はどうしたものかと考えていた。王族であり貴重な光の魔力を持つローレンスの言葉である、今一度考えさせられていた。
「私も支持するわ!」
「それなら僕も支持しよう」
コーデリアとシリルがローレンスに続いた。
王族であるコーデリアと教皇であるシリルの言葉。
アルアリアにとって教会も妖精も暮らしていく上で切り離せないもの。教会は祈りの場だけではなく病気や怪我の際には治療の場となる。
よって、特に教皇のシリルの言葉は重い。
「そこまで言われたら……な?」
「そうよね、もし自分や身内が闇の魔力を持っていたら今の状況だと辛いもの」
「シリル様の言うことに間違いはないぜ!」
ぱらぱらとまばらであった拍手が大きくなった。
周囲の反応に戸惑うのは、エルネストの番だった。
自身の言葉に対する反応との違いに戸惑うも、王族に教会と支持を得ることが出来た。
今すぐにとはいかなくても、何か変わるきっかけになればいいと、じんわりと胸が温かくなるのを感じた。
ふと、ローレンスと目が合い、礼をした。
大喝采とはいかないが拍手はまだ続いている。
エルネストは会場中をくるりと見渡しながら一回りすると、頭を深く下げた。
「良かったな、カトリナ」
突然、名を呼ばれて肩が揺れる。
カトリナは外套を深く被り直し特徴的な色の髪が見えないように整えた。
「あたしは……この国の者ではありませんので……」
――そう、あたしはこの国の人間ではない。
「カトリナ……この国は移住することも出来る。いっそそれもいいかも知れないな」
――あのお姫様の側にいるために?
カトリナは視線を王族席に移した。
空席には自分と同じ髪色をしたお姫様が座っていた。誰からも愛され大事にされるお姫様はきっとあたしの様に辛い事もなく幸せに暮らしているのだろう。
だったら、アルバート様一人くらい側にいなくてもいいよね?あたしにはアルバート様しかいない。あたしを愛して欲しいとは言わない、ただ側にいたいだけ。
「カトリナ?どうした?」
カトリナはハッとしてアルバートを見上げる。
昔はいつも険しい顔をしていたアルバート様はこの国に来てから穏やかになった。あたしに対しても違う、一緒に生活するようになってから優しくなった。
これもお姫様の影響かと思うと皮肉なものだ。
今あたしを見つめるアルバート様もあたしを気遣っている。
「いえ、アルバート様何でもありません。ですが、アルバート様の用事が済めばこの国を出るのでしょう?」
「……もう俺の用事は終わったようなものだがな」
「そうなのですか?」
「……ああ。俺がいなくてもあいつらは大丈夫だ。カトリナ、闇の魔力を持つ者に対しての待遇が変わればこの国はカトリナにとって住みやすくならないか?もう、こんな風に隠す必要もなくなる」
アルバートはカトリナの頭を撫でた。
「それは――」
あたし一人だけ?それともアルバート様も一緒に?
あたしはこれからもアルバート様の側にいられるの?
カトリナがすがるように見つめるとアルバートは微笑み、再度カトリナの頭を撫でた。
「もちろん、俺もだ。だけどな、カトリナ……お前の人生は長い、これから楽しい事も沢山あるだろう。俺以外――」
「いりません」
カトリナはアルバートの言葉を聞きたくないと、遮った。
「アルバート様以外なんていらない」
「カトリナ……」
「側にいられるだけでいいんです。他には望みません。だから、だから……」
「分かった、カトリナ。側にいるだろう?落ち着け」
「………はい」
「カトリナ、俺はな、このままでいいとは思わない。隠れる事なく自由に暮らせるならその方がいいと思っている。だけどなカトリナ、だからと言って俺がいなくなるわけじゃない」
「自由に暮らせても側にいてもいいのですか?」
「――お前が望むなら。だからカトリナ考えるんだ。自分の未来について、しっかりと考えるんだ。昔とは違う、望めば叶うことがあるはずだ。まあ、その為に努力は必要だろうけどな」
「……はい」
あたしが望んでもお姫様にはなれない。
だけど、お姫様じゃないあたしでもアルバート様が側にいてくれるなら、未来を夢見ていいのなら、あたしも考えてみよう自分の望みを。
カトリナは周囲を見渡した。
この中にどれくらいの闇の魔力を持つ人がいるのだろうか?あたしと同じように希望を持った人はどれくらいいる?
本当に変われるのなら、あたしは――
カトリナは目を閉じ未来を想像した。
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