第266話 優勝者の願い
歓声はまだ止む気配もなく続く、エルネストを称賛する声はここまで響いてくる。
「はあー、情けないな」
そんな事をふと漏らすと治療をしている聖人と目が合い、そっと逸らされた。
まあ……そうですね。とは思っていても言えないよな。
ユリウスは今度は気づかれないようにため息をついた。
ユリウスは一人、闘技場の控え室で治療を受けていた。白のシャツを血の色に染めた腕は神聖力によって治癒する必要があると判断された。淡い光が消え傷が無くなった、腕を回し動きを試すと異常なく動く。礼を告げると聖人は部屋を後にした。
「あいつは……エルネストは陛下に何を望むのだろうか……」
エルネストがアイリーネの事を好んでいるのは言われなくても分かっている。過去の剣術大会の優勝者の中には身分違いを悩む恋人達が陛下に直訴した例もあった。
「いやいや、流石に婚約者がいる令嬢にどうこうとかないよな?」
自分で言っておきながら不安に駆られてくる。
ユリウスは、はぁと大きなため息を吐いた。
瞼を閉じると四年前、前回の剣術大会が思い出される。圧倒的な強さでアル兄様を打ち破り優勝したイザーク。リーネに纏わる悪意のある噂を一掃するためだけに優勝したと言えるだろう。
自分も今回の大会で優勝した際には陛下にはある物を望むはずだった。今後の戦いに備えて――王家の宝剣を借り受けようと思っていた。
まあ、リーネにカッコいいとか言われたいと思わなかった訳では無い……
「まあ………出来る事は全部したしな……」
剣が折れなければ、と思わなくもないが……
「あのまま戦っていれば……怪我が増えただけかもな」
ユリウスは自嘲気味に笑った。
ユリウスが一人座る部屋は当然であるが、ユリウスしかいないので独り言がない限り静かである。
静かな部屋にコンコンと扉がノックした。
闘技場ではまだエルネストが表彰されているだろう。この部屋を尋ねて来る人物に心当たりはない。
返事がないからなのか、もう一度ノックが聞こえてきた。
心当たりはないのだが……
ユリウスは短く「はい」と返事をした。
扉がゆっくりと開けられて顔をひょっこりと出したのは――リーネ!?
「えっ?リーネ、どうしてここに?まだ表彰式の途中だろ?」
「うん、でもユーリの怪我が気になって」
そう言ってアイリーネは部屋の中に入って来た、その後ろからはイザークが続けて部屋の中に入って来る。
「怪我?」
自分の腕に目線をやるリーネの表情はみるみるうちに冴えなくなる。聖人に治療してもらい傷自体は治癒しているのだが、シャツに付着している血痕までは消えていない。リーネはまだ俺が傷を負ったままだと思っているんだ。
それならば――とユリウスはシャツのボタンに手を掛けて慌ててシャツを脱いでみせた。
「傷は治してもらったから――」
そう言ってリーネを見ればリーネは顔を背けて両手で隠していた。よく見れば耳が赤い、何で?
「リーネどう――」
「もうユーリったら!こんな所で裸になるなんて!!」
「えっ?裸って……シャツを脱いだだけだし、それにシャツぐらい脱いだの見たことあるだろ?」
「それは、もっと子供の頃の話でしょ?」
顔を隠したまま強めにそう言われた。
そうか、令嬢の前でシャツを脱ぐなんて普通はしない。リーネはもう小さな子供ではない。
でもなぁ、そう恥ずかしがられると、こっちも恥ずかしくなる。
「えっと……何かごめんな?」
脱いだシャツで体を隠しながらユリウスも顔を赤らめた。
「ユリウス様……」
リーネの後ろでイザークが残念なものを見る目で俺を見てる。止めろイザーク、そんな目で見るなよ!
エルネストの表彰式はユリウスの頭から綺麗さっぱり消えていた。
一方、その頃闘技場では表彰式が行われていた。
エルネストは闘技場の中央部分に立ち、国王を見上げていた。
「さて……エルネスト。そなたは、何を望む?」
「私は……」
エルネストは一度言葉を詰まらせた。
数秒、間を開けてその後、よく通る声で自らの思いを叫んだ。
「私は――闇の魔力を持つ者の権利を主張したい!魔力を良くも悪くもどう使用するかはその人次第です!ですが――現状、闇の魔力を持つと言うだけで差別される。ですから陛下お願いです、闇の魔力を持つ者の保護と教育を国に願いしたい。悲しいことに、差別はすぐにはなくならないでしょう。その間にも闇の魔力を持つ者は隠れて過ごすしかありません、生きて行く為に犯罪に手を染める者もいるでしょう。陛下、私はどんな属性を持つ者も……いえ、魔力を持たない者であっても、誰しもが共に暮らしていける世界を希望します」
「エルネスト……」
国王は自分を恥じた。
保護できる者はされている。けれども差別を理由に闇の魔力を隠して者も多い。生まれてすぐに捨てられる者もいる、生活が苦しくて犯罪を犯す者もいる。
国として積極的に関わった、努力した結果ではない。後回しになっていたのは事実だ。
エルネストは貴族であり他の闇の魔力を持つ者より良い暮らしをしている、と思われていた。だが、闇の魔力嫌いの宰相の息子として生まれ育ち、実際にそうだったのだろうか。エルネストの苦悩はエルネストにしか分からない。しかし、王はその考えは改めなければならないのかも知れないと密かに考えた。
それ程、エルネストの願いは切実であった。
国王は掛けていた椅子から勢いよく立ち上がった。
「よかろう!アルアリア国王の名において、そなたの願いを必ず叶えると約束しよう!!」
エルネストの発言に静まり返る闘技場に国王は声高々にそう言いきった。




