第264話 それは突然に
エルネストの目の前の双眸は輝いて見えた。
大人になっても光の魔力を失わない者、ダグラスの瞳は子供の様に純粋に光って見える。
――羨ましい
エルネストの心情としては、この一言につきる。
エルネストが気配を消すのに長けているのには、理由があった。父である宰相の目に入らないようにするためだ。闇の魔力を嫌悪する宰相の息子として生まれてきたエルネストは言うまでもなく冷遇されている。
罵声が飛ぶのは常で母の目が届かない時には体罰もあった。嫌悪する闇の魔力に対して、宰相は異常な程光の魔力を崇拝していた。もしも、自分が光の魔力を保持していたなら今とは違った人生だったろうか。
考えても仕方がないこと、そう割り切れるまでには多くの時間がかかった。
本来ならエルネストは表舞台に立つつもりはなかった。それでも思い掛けずローレンスと出会った事で叶えたい願いが出来た。
「――私は負けられない」
一際、大きな金属音が響いた。
エルネストは鍔迫り合いを制した。
よろめいたダグラスだったが素早く体勢を整えるとエルネストの剣を受け止めた。エルネストは容赦なく切り込むとダグラスは一歩、二歩と後退し次第に追い詰められていく。
力なら負けていないはずだ、それなのにダグラスは後退を余儀なくされる。
何故だと理由を考えてもダグラスには分からない。
彼は何者だ、そうダグラスが考え込むほどにエルネストの気迫は差し迫るものがあった。
まずい!ダグラスがそう思った時、咄嗟に出たのは光の魔力だった。
「し、勝者はエルネスト・オースティン!!」
審判さえも見過ごしてしまいそうな淡い光ではあったが、ダグラスが魔力を漏らした事実によりエルネストの勝利が確定した。
ダグラスもエルネストも呆然と肩を動かしながら呼吸を繰り返している。そして両者は剣を下ろした。
一瞬の沈黙の後、間を開けて会場中に歓声があがった。幕切れは呆気ないものであったが、会場には惜しみ無い拍手が響いている。
「子熊ったら、魔力封じをしていなかったのね」
「初めて参加されるなら、そこまで気が回らなかったのかも知れませんね。ヴェルナーの騎士は対人戦よりも魔獣の討伐を主としていますので気が付かなったのでしょう」
コーデリアの言葉にイザークが返した。
「それにしても、どうしてダグラス様が王都にいるのでしょうか。剣術大会に出場するためでしょうか?」
「剣術大会に出場された理由は分かりませんが、王都へは報告があったようですよ?」
「報告ですか?」
アイリーネの質問にイザークが答える。イザークはそのまま国王の後ろに控えている父を見た。
アベルはイザークの言葉を肯定するように頷いた。
どんな報告があったのか気になるけど、誰も内容について話さない。極秘ということなのだろうか、とアイリーネはダグラスを視界に入れた。
「あー、失態です。こんな形で試合を終わらせてしまい申し訳ない」
ダグラスはエルネストに向けて握手を求める。エルネストはその手を握り握手する。
「いえ、勝ちは勝ちですので。魔力対策をされていなかったのですね?」
「魔力対策があったのですか?」
「はい。魔力で戦い慣れている方こそ、いざという時に魔力が漏れ出る傾向がありますので、魔力封じのアクセサリーをつけ対策をされている人は多いです」
「なるほど!次回が有りましたらぜひ利用したいです。あの……少しお願いがありまして……。私に少しの間、時間をいただけないでしょうか!?」
ダグラスはエルネストの手を力強く握った。
「じ、時間ですか?構いませが……」
「かたじけない!」
ダグラスは90度に腰を折り礼をした。その後、正面に座る王族に向き合うように移動する。
「陛下、そして王族の皆様、私はダグラス・ヴェルナーと申します。王女殿下、そして愛し子様お久しぶりでございます。このダグラス、陛下にお願いが御座います。立会人になって頂きたい」
「立会人とな?」
「はい」
アイリーネの目には今日のダグラスは辺境で出会ったダグラスとは別人に見えた。辺境でのダグラスは子供達と遊び、父である辺境伯に叱られる。良くも悪くも純粋な人、見た目は大人でも中身は子供に近い、そんな人だと思っていた。だけど今日のダグラスはどうだろうこんなにも大勢の人の前で堂々としている。
ダグラスは何かを探すように会場を見渡した。お目当てのものが見つかったのだろうか、王族席から左側に向かうと片膝を立て両手を掲げた。
「本当は優勝して言いたかった。だけどどうしても今日、この気持ちを告げたい。君から告白された時は揶揄われてるのかと思ったけど一緒に過ごす内に……君に惹かれていく自分に気付きました。………あ、ああ、愛しています、どうか私と結婚して下さい。――セーラ・クロデル伯爵令嬢」
えっ?公開プロポーズ!?誰もがそう驚いたが苦言を呈す者はいない。
会場は再び静まり返る、皆の視線がプロポーズ相手のセーラ・クロデルこと聖女セーラに注目した。
セーラは両手で口元を隠し涙で瞳を潤ましている。大きな目を見開き小さく答えた。「はい」と。
セーラは席を立つと一気に階段を駆け下り一番前列まで向かうと思い切り叫んだ。
「ダグラス様。私も、私もダグラス様を愛しております!」
セーラがそう言い切った会場中に歓声と拍手が巻き起こる。会場中にいる人全てがダグラスやセーラの知り合いではない、しかし会場中が一丸となって二人を祝福していた。
「やるわね、子熊」
「相手がセーラ様だと思わなかったわ」
「アイリーネとは好みが違ってよかったわね」
「……もう、ポポったら」
私がむくれたらポポは機嫌をとるように謝ってきた。本当は怒ってない、だって私も思ったもの。いくらユーリとお似合いだと言われても好みじゃなかった、それならあんなに悩まなくても良かったのに……
まあ、終わった事だわ。
そんな風に思い出しながら、涙を流しているセーラ様と照れながら頭を掻いているダグラス様に向けて大きな拍手を贈った。
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