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断罪された妖精の愛し子に二度目の人生を  作者: 森永 詩


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第257話 例え泥にまみれても

 馬車は整えられた道を通り、目的の場所に着いた。

 差し出された手に自分の手を沿えて、大地を踏むと上空を見上げた。通い慣れたとは言い難いが、馴染みとなった場所ではある。王城は今日も変わらず重厚な佇まいであった。



「イザーク様、私が持ちます」

「いえ、重たいので私が持ちます。それよりもアイリーネ様、本当に向かわれるのですか?」

 イザーク様が眉を少し下げて私を見下ろしている。


「イザーク様、差し入れを渡したらすぐにお暇しますし、皆様のお仕事の邪魔は致しません」

 イザーク様の持つ籠の中には私が作った焼き菓子が入っている。と、言ってもオドレイと一緒に作っのだから私一人で作ったわけではない、それに味は料理長の保証済みだ。

 最近、ユーリは忙しくしているようだ。

 以前はほぼ毎日と言ってもおかしくない程会っていたが、ここ数日は会えていない。

 お父様からユーリは忙しいようだと聞いているけど、邪魔しないように差し入れを渡しに行けば会えるのではないかと考えた。単純かしら?でも、好きな人の顔が見たいというのは悪いことではないでしょ?


「それは……分かっております」

「でしたら、何か問題でも?」

「いえ……その」

 イザーク様にしては歯切れが悪い。

 何だか様子がおかしいなと、怪訝そうな顔をしてイザーク様の顔を覗き込むとスッと視線を外された。


「私が王宮魔術団に出向いてはいけない理由でもあるのですか?」

「いえ……分かりました。参りましょう」

「はい!」

 私は元気よく笑顔で頷いた。


 王宮は広い。

 王族の暮らす場所から騎士や魔術師、薬師、文官など王宮で勤める人の仕事場や寮、それから騎士たちの訓練場所や整えられた庭や花壇がある。

 とにかく、王宮魔術団の職場を目指すには長い廊下を行かねばならないのだ。だけど、私の足取りは軽い。だって、ユーリに会えるのですもの。これくらいの距離なんてことないわ。



 窓から見える木々はまだ紅葉の気配はない、とはいえ間もなく収穫の季節がやってくる。収穫の秋といえば収穫祭。

 正直、収穫祭にはいい思い出がない、楽しんだ覚えがない。四年前には毒に侵されたし、収穫祭自体が見送られた年もあった。今年は収穫祭を開催すると発表されているし、ユーリと一緒に参加できればいいな。



♢  ♢  ♢


「えっ?お休みですか?」


「はい。ここにいると言われたのですか。約束していたのですか?」

 ジョエル様は薄紫の髪を揺らして首を傾げた。


「……いえ、約束してないです」

 私が勝手にやって来ただけで、約束したわけではない。


 王宮魔術団の扉をノックしてユーリに取り次いでもらったものの、肝心のユーリは不在だった。

 不在というよりも長期休暇を取っている、つまり忙しいのは仕事ではなかったのだ。

 忙しいというから仕事だと思っただけ。



「今は忙しい時期ではないのですね……?」

「そうですね、今のところは」

「……ジョエル様、ごめんなさい。私、勘違いしていたみたいです。これ、差し入れですので皆様でどうぞ」


 半ば強引に焼き菓子の入った籠をジョエル様に手渡すと踵を返して行きと同じ廊下を早足で歩く。

 付かず離れずイザーク様が付いて来ている。

 イザーク様はユーリが何をしているか多分知っている。イザーク様だけではなく、きっとお父様もシリルも知っているのよね。危ない事や咎められる事をしているのではないと分かっているけど、自分だけ蚊帳の外のような気がして、なんとなく嫌な気分だわ。



「アイリーネ様、せっかく王宮に来たのですから、庭に咲くアルアリア・ローズを見に行きませんか?」

 無言で歩く私にイザーク様が声を掛けた。


「アルアリア・ローズですか?」


「はい………」 


 アルアリア・ローズは好きな花だけど、今では国内の至る所でアルアリア・ローズは見れる。わざわざ王宮で見る必要はないのだけど、イザーク様は気を使ってくれたのだろう。


「行きましょう、イザーク様」

 私がそう言って頷くとイザーク様がホッとしているように見えた。



♢  ♢  ♢


 王宮に植えられたアルアリア・ローズは以前よりもその数を増やしていた。まるで白い絨毯のように所狭しと咲いている。数が多い分、強い風がなくとも甘い香りを漂わせ眺めているだけで、良い香りがして心が落ち着いてくる。


「来て良かったです、イザーク様」


「……それは良かったです」


「ですが……この音は?」


 

 視覚も嗅覚もアルアリア・ローズで満たされたのだけど、聴覚だけは違った。馴染みはないが聴いた事はある金属音。これは剣と剣がぶつかる音、だけどイザーク様が抜刀していないという事は危険はない。

 そう言えばこの先に騎士の訓練場があったな、と思い出した。



「もう終わりか?それで剣術大会で優勝する?笑わせるね。予選通過も難しいかもね」


「うるさい!まだやれる!」


「じゃあ、いくよ!」


 会話が終わると、再び金属音がなる。

 会話の主はどちらも聞き覚えがあり、その内の一人が私が会いたかった人だとすぐに分かった。


「イ、イザーク様!?」

 イザーク様を見上げると困ったように眉を下げた。

「あーどうしよう。内緒だと言われていたのにー。困りましたねー」

 下手な芝居役者の様にイザーク様はそう言ったあと、訓練場を密かに眺められる場所に案内してくれた。そして、イザーク様は人差し指を立て口元につける。


 分かりました、話してはいけないのですね?

 私はしっかりと頷いた。


 訓練場の中からは死角になる場所から覗くとそこには思った通りに見慣れたシルバー髪を振り乱すユーリがいた。ユーリは剣よりも魔術が得意、それなのに剣の稽古?稽古相手も知ってる人、クリストファー様。

 クリストファー様は剣術大会準決勝進出の実力者。

 そのクリストファー様と剣術の稽古を何の為にしているのだろうか。

 待って、剣術大会がどうとか言ってなかったかしら?



「ユリウス様は近衛騎士に混じり訓練しています」

「どうしてですが?剣術大会がどうとか聞こえてきましたが……」

「今年は4年に一度の年ですので」

「そうか、収穫祭の剣術大会がある年ね?」

 イザーク様が頷きました。

「でもどうしてユーリが剣術大会に出るの?ユーリは魔術の方が得意ですよね?」


「それは本人に聞いていただかないと、と言っても予選通過するまでは内緒にしておきたいのでしょう」

「予選通過ですか?」

「ええ、剣術大会には予選があります。参加は登録料さえ払えば自由です、ですが人数が多いと一日で終わりません。前に闘技場でアイリーネ様がご覧になったのは、本選になります」

 

 知らなかった。

 以前イザーク様が優勝した剣術大会は本選だったのか、ではあの大会には実力者のみがいたという事なのね。あれ?イザーク様、本選以外の日は私の護衛をしていたよね。



「あ、必ずしも予選を通らないといけないわけではありません」

 私の視線に気付いたイザーク様が説明してくれる。

「私のように騎士や剣術を仕事にする者は、身分証明書や推薦状があれば予選通過となり、本選からの参加となります」


「騎士以外にも剣術を仕事とする人がいるのですか?」


「地方には騎士がいない街もあります。その場合は領主が自警団を配置しています、領主に推薦状を書いてもらい本選より参加するのは可能性です。実際にはあまりいませんが……」


「何故ですか?」


「王都に来るには日数も旅費もかかりますし、推薦状を書いてもらって一回戦敗退になった場合、故郷に帰りづらいです。ですので、本選より参加は王都の騎士が主ですね」


「……ユーリの場合」

 視線をイザーク様からユーリに移す。


 クリストファー様の剣に弾かれてユーリは吹き飛んでいる。土埃に塗れても立ち上がり、ユーリは再び剣を構えた。


「ユリウス様の場合、魔術師団でトップクラスでも剣術大会は魔術禁止ですので、騎士ではないユリウス様は予選からの参加となります」


「……内緒にする必要ありますか」

 アイリーネはそう言って唇を尖らせた。


「ユリウス様は努力している姿を見られたくないのだと思いますよ――格好良い姿だけ見てほしい……そう思っているのではないでしょうか」


 ユーリの髪が乱れていても、服に泥が付いていても、頬に汚れていようが汗を掻いていても私は構わないのに。それでユーリを格好悪いと思うことないのに。



「……では私がユーリが訓練しているのを知っているのは、内緒ですね」

「はい、いずれ明らかになるでしょう」



 ユーリ、頑張って。

 心の中で応援して、その場を後にした。

 

 不思議なもので、いつの間にか王宮に来る時と同じぐらい私の足取りは軽かった。


 暫くして剣術大会に出場するとユーリに打ち明けられて、ちょっと大袈裟かなと思うくらい驚いたフリをした。イザーク様の口元が緩んでいるけど、イザーク様の棒読みよりは上手ですからね。

読んでいただきありがとうございます。

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