第255話 含みのある猫
「――なっ!」
「それは!」
巻き込まれたと言うにはマリアンヌにもマリアにも悪意があったと思う。だから俺もイザークもそれは違うだろうと腹が立った。少し威圧的に見えてしまったの知れない。
「お、驚かすのではない。借りているこの体が怯えているではないか」
猫の体はカルバンティエ様の意思とは関係なく驚いたようで、目をまんまるにして見開いていた。
「申し訳ありません、カルバンティエ様。しかし――」
「あー、そうだね。いいたい事はわかるよ。この子の中には妬みや傲慢といった仄暗いモノがあったのは確かだよ。それでも――エイデンブルグが、愛し子が狙われていなければこの子の魂は闇に囚われる事はなかった」
マリアを擁護するカルバンティエ様に反論するのはイザークだ。
「――ですが、アレットだってあんな風に亡くなるはずではなかったはずです」
猫はイザークの大きな声を聞いて驚いたのか、瞳孔が開いている。
「それも分かっている。――驚かすでない。胸がドキドキする、動悸がしているではないか。私が言いたいのは……次の世に持ち越したくない、ここで終わりにしたい。そう思っている」
「それは……?」
マリアの来世を憂いてということなのだろうか。
カルバンティエ様がそこまでマリアの気にする何か特別な理由があるのだろうか。
だけど、カルバンティエ様は目を細めてた笑い顔のままで理由を話す気はないように見える。
「カルバンティエ様はいつからマリアと知り合いになったのですか?」
だから別の話題をふってみた。
「直接関わりだしたのはこの前、おチビちゃんがこの子を助けに来た時からだよ」
「最近ですね?何故です?」
カルバンティエ様は答えない。
理由は明かさない、ということか。
猫は笑い顔のままで、尻尾を左右にゆっくりと揺らしている。それ以上は聞くなと視線が語っている、猫からは圧のようなものが感じとれた。
俺はため息をつき、マリアを見た。
マリアの視線はイザークに向けられていた。
イザークへの執着は断ったのだと思っていたが、そうではなかったのだろうか。しかし、よくよくマリアを見てみるとマリアの瞳は平然としていた。
「マリアが俺達を呼び出したのは、浄化を頼むためだったんだな」
「……それもありますが、もう一つ確認したい事がありまして」
マリアは視線をイザークから俺に向ける。
「確認したい事?」
その言葉に何だと俺は首を傾げた。
マリアは視線を伏せた後イザークを真っ直ぐに見つめた。今までは視線に気付いていなかったイザークも正面から見つめられるとようやく気付いたようで、姿勢を正すとマリアの言葉を待った。
「ふふっ。そんな畏まらなくても」
マリアは眉を下げて困ったように笑った。
「今の私はマリアンヌとマリアが混ざった状態です。だからこそイザーク様に直接お逢いしたらどう想うのか確認したかったのです」
マリアの言葉にイザークは戸惑っているようだ。
いつもなら話す相手から目を逸らさないイザークが微妙に視線を外した。
「それで?どう想ったんだ」
「……何とも」
マリアの言葉に俺もイザークも拍子抜けた。
ちょっと間抜けな顔をしていたかも知れない。
カルバンティエ様はというと我関せずといった風で顔を伏せてウトウトしている。
「何ともってなんだよ。マリアンヌはイザークの事が好きだったんだろ?それこそ闇の魔力に囚われるぐらいに。今のマリアはマリアンヌが混ざっていると言うのなら、何かしらの気持ちを持っていてもおかしくないだろう」
「ですが、本当にそういった想いはありません。もしかしたらあの想いそのものが歪んでいたのかも知れません。マリアンヌがイザーク様に恋をしていたのは確かです。ですが本当は納得していたのだと思います、イザーク様の相手は私ではないと。だけど闇の魔力に囚われて私の想いなど消しさってしまった。だからこそあんなにも愚かな事を仕出かして、結果国が滅んでしまった」
「じゃあ、マリアが今後イザークを求めることはないというんだな」
マリアは強く頷いた。
「はい、イザーク様は確かに素敵な方ですが……」
「……ですが?」
「マリアとは年が12も離れているのですよ?マリアから見ればオジサマですわ」
「……オジサマ」
ここまで一言も発していなかったイザークはマリアの言葉にショックを受けているようだ。唖然としている。
まあ、マリアからすればそれだけ年が離れていればそう考えても不思議じゃないが。
「ププッ。イザークがオジサマ……」
俺は堪えてきれずに笑い出してしまった。
「ユリウス様」
イザークが恨めしそうな顔でこちらを見てくるが、フォローする事もなく暫くの間笑い続けてしまった。
♢ ♢ ♢
「座り心地が悪い」
「……申し訳ありません」
公爵邸をあとにして、馬車の中。
いつか聞いたことがあるようなセリフが聞こえてきた。イザークの膝の上に猫がいる。その猫がイザークの膝で文句を言っているのだ。
以前と違い馬車の中は俺とイザークのみ。座る場所はあるだろうと思うが、猫は一応闇の妖精王と言われるカルバンティエの化身である。だからイザークも釈然とはしないが言い返さないのだろう。
猫は両目を閉じてイザークの膝の上で丸くなっている。
「それにしてもカルバンティエ様が現れるとは思わなかったです」
「そうか?」
俺もイザークも頷いた。
「あの子もね……気の毒なとこもあるからね」
「気の毒?」
俺は眉をひそめた。
俺から見ればカルバンティエ様はマリアを贔屓目で見ている気もする。だってそうだろ?そもそもイザークとマリアンヌは恋人でも婚約者でもなかった。姉様だって愛し子になりたいと希望したわけでもない。
それなのに闇の魔力を囚われていたとはいえ、姉様をアイリーネを断罪した。気の毒だからと言われて、ああそうですねとは言えない。
「だってね……」
閉じていた目を片目だけ開けると俺を見上げてきた。
「あの子は元々、君の妹だったのだよ」
「分かってますよ、母から生まれた実の妹だと」
「そうではないよ。元々、一度目もそうなる筈だったと言っているのだよ」
カルバンティエ様の言葉に俺とイザークは息を呑んだ。
読んでいただきありがとうございます。
暑さでバテながらですが、更新してまいります。
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