第254話 お願い
「それは……」
それはつまり、敵がリーネの出生を知っているという事だ。マリアは別の意味にとらえてしまったが、リーネがエリンシア王女の子供だと知っている者だからこそ言える言葉。極限られた者しか知り得ない情報のはずだ。それを知っているというのは、こちらの情報など漏れてしまっているという事だ。
「クソッ――」
ユリウスは両手を固く握りしめた。
俺達は敵の正体をはっきりとは知らない。まだ、多くの謎に包まれたままだ。反して相手はどうだろうか、きっと多くの情報を得ているだろう。
コンラッドというのは仮の名だろう。どこから来て、何が目的なのか相手の事が分からないからいつも受け身で後手にまわってしまう。
ユリウスはため息をついた。
リーネを幸せにする。たった一つの願いなのに上手くいかない。リーネの涙はもう見たくない、笑っていてほしい。この願いはそんなにも難しい事なのか?
雲ひとつない空はいつの間にか雨雲に覆われいて、風と共に雨が降り注いでいた。窓を打ち付ける雨の音に誘導されたように窓の外を眺める。
終わりの見えない戦いのような気がして、滅入ってしまった自分の気持ちを表したようだと、ユリウスはくいるように窓の外を眺めた。
沈黙が続き雨音だけが部屋の中に響いていたが、やがてその雨音も鳴りを潜めると、マリアは再び語り出す。
「一度目のマリアはマリアンヌの魂に絡みついている闇の魔力の影響を色濃く受け継いでいました。だからこそあのペンダントと相互作用であのように残酷なことが出来たのです。だけど、二度目のマリアは少し違います………」
「確かに生まれも育ちも一度目とは違うけど、それでもリーネにもイザークにも執着をみせていただろう?」
少し咎めるようにユリウスが告げる。
「はい、それでも一度目のように何かに追い立てられるように執拗にアイリーネ様を傷付けてはいません。確かにアイリーネ様を羨んで、イザーク様を欲しがっていました……しかし、二度目のマリアは最後の一線は超えていないはずです。犯罪と呼べるものは犯していない……二度目のマリアには家族――お母様がいました」
「母上?それだけの事でか?」
マリアはしっかりと前を見据えと頷いた。
その目は記憶にあるどこか仄暗い瞳ではなく、まだ弱々しくはあるが光が灯っていた。
「お兄様はそれだけと感じたでしょうが、お母様の愛は無償の愛でした。マリアンヌは家族に虐げられていたわけではありません。しかし、それはマリアンヌに価値があったから。宰相の娘として礼儀も知識もそれに相応しいものを身につけていたから、得られていたもの。ですが、マリアは違います。お母様はマリアが無知であろうが愛してくれる」
「……まあ、それもどうかと思うがな。甘すぎるのもどうだ、将来困るのはマリア本人だぞ?」
俺の言葉にマリアは驚いたように目を見開くと、クスリと笑った。
「何かおかしな事を言ったか?」
マリアは勢いよく首を横に振る。
「………お兄様はもちろん一度目の記憶があるからマリアを嫌いだったでしょう?それでも甘やかされてはマリアが将来困ると……本当の兄妹のようで……」
「………」
「ふふっ。そんな難しい顔しないで下さい」
「今回は――」
「えっ?」
「今回は俺達は本当の兄妹だろ?」
「―――っ!……ありがとう……ございます」
「……いや」
何となく、マリアの言葉を否定したくなった。
マリアが自分の妹として生まれた時から拒否していたくせに。先程マリアが話したように一度目の記憶かあるからこそ、マリアを否定してきた。それなのに、どうして。受け入れたわけではない、一度目のリーネを考えると赦せない。自分でも分からないけど、ただ妹である事は事実だと、そう伝えたかった。
「そろそろ本題に入っていいだろうか?」
突如として聞こえてきた声にユリウスもイザークも驚いた。この部屋の中には自分達以外の人の気配などしなかったはずだと、警戒しソファより立ち上がると声の主はどこだと辺りを見渡した。
「カ、カルバンティエ様?」
「うむ、いかにも」
見慣れた長毛の太った猫はマリアの座るソファの後ろに寝そべっていた。床に寝そべり涼んでいるのか、起き上がる気配はない。
「そんな所で何をしているのですか」
「タイミングを見計らっていたんだが……うっかり眠りについていたようだ。そろそろ本題に入ってもいいかな?」
「「本題?」」
俺とイザークの声が重なる、カルバンティエ様の言葉にマリアは頷いていた。
「実はね、おチビちゃんにこの子の浄化を頼みたいんだ」
「浄化ですか?……ですが……」
「言いたい事は分かる。前のこの子だと愛し子の浄化とはいえ、効果が薄かっただろう。だが、今は違う」
「浄化出来ると仰るのですか」
「いかにも」
猫のカルバンティエは頷くと顔を緩め目を少し細めて笑った。そして、マリアの座るソファに飛び乗るとマリアの膝にそっと手を沿えて見上げた。
「この子もある意味、巻き込まれたようなものだからね」
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