第253話 マリアの独白②
「闇の魔力で正常な思考じゃなかったのは分かった。だからって赦せってわけじゃないよな、マリア」
そう言って俺は再びティーカップを手に取り口をつける。
今日は気温が思っていたよりも高い、冷めてしまった紅茶が喉を潤していく。本来なら冷めた紅茶を飲むことなんてない、侍女により冷めた紅茶は入れ替えられるそれが定番だ。しかし、この場は俺達三人だけ。
喉を潤すにはちょうどよかった、そう思いながら空になったティーカップをテーブルに置いた。
「もちろん違います。ただ私は事実を知ってほしい、そう考えただけです。マリアンヌの事、そして回帰前のマリアの事を知ってほしいと。マリアンヌは元々闇の魔力を持っていたわけではありません、ですが髪飾りの闇の魔力を使用する内に変化が訪れていました」
「変化とは?」
今まで発言していなかったイザークが問う。
イザークの眉間には深い皺がすでについていた。
マリアもそれには気付いているだろうが、敢えて触れるような事は言わない。
「闇の魔力に支配されていくと次は自分の周りの者にも影響が出るようになりました。一度目のクリストファー殿下と言えば分かるでしょうか、大なり小なりあれどマリアンヌの言う事を否定する者はいなくなっていったのです。父も母も王妃様もそれから使用人、令嬢達……神官達でさえもです」
一度目のクリスと言えばマリアの側にいた。
その言動は今のクリスとは比べものにならない。リーネが虐げられていても止めもしない、断罪の時だって笑みを浮かべていた。
ここまで考えるとユリウスの眉間の皺も深まった。
「マリアンヌは周りの行動にどう思ったんだ?」
「特別には何も……」
「何も?」
何も思わないだと?それはマリアンヌにとっては当たり前の事なのだろうか。マリアンヌは高位貴族の令嬢で周りの人間が肯定してくれるのが当たり前?
「マリアンヌ自身も闇に囚われていたので、周囲の行動をおかしいとは思わなかったのです。髪飾りを買った時にこう言われていました「願いが叶う」と。そんなはずなはないだろうと思いながらも実際に周囲の反応は言われた通りになった……だから、これでイザーク様は自分のものになる、マリアンヌはそう考えていました」
「でも、実際には違ったか?」
マリアはコクンと頷いた。
「当然といえば当然です。イザーク様はマリアンヌの近くには居りませんでしたので、闇の魔力の影響を受けなかったのです」
「……それで……アレットを断罪しようと?」
イザークが唸るような声を出した。
イザークの記憶の中には未だにあの断罪の日が色濃く残っているのだろう。
俺だってそうだ。
姉様が処刑される中、何も出来なかった。
手を伸ばしても届かなかった。いや、例え届いていたとしても、俺に出来る事はなかっただろう。
あの時の俺は無力だったから。
あんな思いはもうごめんだと、魔術の腕を磨いた。それは、記憶が改ざんされた一度目でも何かに追い立てられるように魔獣を討伐していた。
ある意味、俺やイザークが強さを求めたのは、あのエイデンブルグでの記憶があるからだろう。
「……マリアンヌは愛し子さえいなければ自分の思い通りになると、そう信じていました。もしも愛し子が存在しなければ、イザーク様の婚約者に一番近いのはマリアンヌだったでしょう。愛し子が現れるまではそのつもりでいるようにと、王家からも言われておりました。愛し子が現れて婚約はなかった事になった時に諦めてしまえばよかったのです。だけど、マリアンヌは諦めきれなかった、愛し子が偽物だと断罪すれば元通りになるとそう思って……。でも……実際は……エイデンブルグは滅びてしまいました」
「――っ!!」
イザークは口にしてしまえばきっとマリアを罵るような言葉だと、それが分かっているから唇を噛み締めて我慢している。握った拳に力を入れて何とか自分を律しているのだろう。
俺達だって闇の魔力によって操られていたのだと分かっている。だけど、こうやって本人の口から聞いてしまえば込み上げるものがある。
人は誰にだって欲はある。
それでも多くの人は自分なりに消化して律して行きている。抗うことは出来なかったのかと、思ってしまう。
イザークの怒りがマリアにも分かるのだろう、マリアは俯いたままじっと堪えているようだ。
「マリアンヌの事情は納得したわけじゃないけど、何となく分かった。じゃあ、マリアは?マリアは何を望んでいたんだ?」
「そもそもマリアンヌの魂は闇に囚われています。その魂を持ち前世の記憶がない回帰前のマリアは常に不安や恐れ、それから愛情を渇望していました。テイラー家は物理的には裕福でした、ただ裏では犯罪に手を染めていましたが……マリアは成長すると爵位の壁に当たりました。付き合う友達も家格が変わらぬ者達、高位貴族に憧れても話をすることさえままならない……記憶はなくとも少なからずマリアンヌの影響があったと思います。自分はこんな地位で終わる人間ではないと……そんな時に出会ったのが闇の妖精王を崇めているあの教団の一人でした」
あの教団……
アル兄様の教団。一度目の時、マリアにあのペンダントを渡したのは信者だ。それもアル兄様には無断で。
「こう囁かれたのです。「ヴァールブルクの令嬢は本来は違う地位にいるべき者」だと。マリアはそれを自分の都合の良いように解釈しました。アイリーネ様が偽物なのだと、それでは本来自分の居場所はそこではないのかと、考えたのです」
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