第251話 別人
よく晴れた雲ひとつない空のもと、ユリウスは馬車に揺られていた。遠くを目指しているわけではなく目的地は王都内にある実家である。
事の始まりは、こうである。
勤務先に急に父が現れた。
父曰くマリアと話をしてやってほしい、だそうだ。
マリアが希望している、と父は言った。
難色を示す俺に父は声を弾ませる。
「マリアは努力している、昔のマリアとは違う。まるで別人だ……所作まで別人だぞ、驚くなよユリウス」
「……別人」
父はそう言って笑みを溢す。マリアの成長を喜んでいるのだろうか。
父上、もしかしたら本当に別人なのかも知れませんよ。マリアが前世は高位貴族の令嬢だ、記憶があるならばマナーなど出来て当たり前だろう。
しかし、マリアの前世であるマリアンヌという女性にユージオであった俺は出会ったことはない。呼び出してまで話たい事とはなんだろうか。
「父上、マリアに会ってどうすると言うのですか?」
「前にマリアは危ない目にあっただろう?あの後からマリアは目に見えて変わった。家庭教師からも褒められているよ、マリアはユリウスとそれからイザーク様と話がしたいと言っている。前のマリアならユリウスの元に思うがままに突撃しただろう?」
「それは……そうですが、目的はイザークですか」
「あの子は昔からイザーク様に執着していたからね……でも今回は今までとは違うと思う」
「どうして分かるのですか?」
父はフッと笑った。
「まあ……父親だからね。あの子も前に進む時が来た。そんな気がするんだ……」
「………」
まあ、そんなこんなで俺は馬車の中にいる。
そして、目の前にはイザークの姿。ちなみに、イザークの代わりにリーネにはシリルとリオンヌ様が護衛としてついている、リーネの護衛から離れると落ち着かないのか、イザークはどこかソワソワして見える。迎え合わせに座っているが会話が弾むはずもない、イザークはそもそも無口なのだ。イザークが無口なのは今に始まったこどではない、前世から変わっていない。
まあ、姉様と一緒の時は違ったように見えたがな。
そう言えばイザークと姉様は周りの事など気にも留めずいつもイチャイチャしていたな、あの時の俺はよく二人の邪魔をしていたな……とユリウスは笑みをこぼした。視線を感じて目線をあげるとイザークと目があった。笑みをこぼした俺を不思議そうに見ていた。
「なあ、イザーク」
「はい、何でしょう」
ずっと尋ねてみたい事があった。
イザークはリーネの事をどう思っているのだろうか。イザークの中でリーネと姉様は同じ人だろうか、それとも別人?償いだとか罰だとかそんなモノは抜きにしてイザークの本音はどこにあるのだろうか。
「イザークにとってさ、リーネと姉様は同じ人だと思うか?」
イザークは俺の言葉に眉間に皺を寄せてみせた。
「それはどういう意味でしょう?生まれ変わりではないと言うのですか?今更?ユリウス様が?」
イザークは少し早口で告げた。
あっ……そう言うことか。リーネが姉様の生まれ変わりではないと俺が疑っていると思ったのか、そうじゃない。
「ああ、悪い。誤解だ、そうじゃなくて。リーネの前世は姉様だけど、俺にとってリーネはリーネ、姉様は姉様だ。そうだな、言うならば別人だと思ってる。姉様が断罪された時、姉様を守りたいそう思ったけど、今は少し違う。確かに守りたいけど……リーネにはそうだなもっと具体的に……姉様には思いもしなかったことを思ってる。イザーク……お前はどうだ?」
イザークは目を伏せて無言のままだ。考えを纏めているのだろう。馬車の中は沈黙でゴトゴトと馬車の走る音だけが響いてくる。そして考えが纏まったのだろうか、イザークは視線を絡めて来た。
「……私にとってもアレットはアレット。アイリーネ様はアイリーネ様です。私にとってアイリーネはお守りする主です、他意はありません」
「それは……前世での贖罪とかなんとかで俺に遠慮しているわけじゃなくて」
「……贖罪の気持ちはありますが、だからと言って自分の想いを封印しているわけではありません。アイリーネ様の体にアレットが蘇った時に実感しました。アレットを想うような気持ちをアイリーネ様には感じていないと分かりました」
「………そうなのか?」
「はい」
イザークの瞳は真っ直ぐで偽っているようには見えない。俺はそれにホッとした。俺はイザークの気持ちがどこにあるのか、心のどこかで気にしていたのだ。
イザークに遠慮や配慮するわけじゃない、だけどイザークと長い時間を過ごす中でイザークに対して情が芽生えている。イザークが自分の想いを押し殺して俺だけが幸せになるのならば、罪悪感とまではいかないくともスッキリとはしないだろう。イザークと二人になる機会なんて滅多ない、だからこそチャンスを逃したくなかった。イザークの本音が聞きたかった。
「……ですが、もしもユリウス様がアイリーネ様を泣かせるような事があるのならば、私が幸せに差し上げる可能性もありますね」
そう言ってイザークがニヤリと笑った。
こんな風に笑うのは今のイザークでは珍しい、前世ではあったと記憶している。
だから俺は拍子抜けた。
間抜けな顔をしただろう、イザークが声をあげて笑っている。そんな風に笑うイザークも珍しい。
「そんな事、あり得ないから!」
そう言って俺も笑った。
そうこうしている内に見覚えのある屋敷が見えて来た。馬車は門をくぐるとスピードを緩めた。
「さて、一体何の話やら?」
そう呟いて俺は気合いを入れて馬車を下りた。
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