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断罪された妖精の愛し子に二度目の人生を  作者: 森永 詩


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第250話 深層の令嬢

 見上げるファビオラの瞳が怯えよりも怒りが勝り、その手を振り上げた。しかし、その手は阻まれてシリルに届くことはなかった。


「自分の子供でないとあなたが仰るなら、他人に対してこの態度はいけませんね?暴力事件ですよ?」

 久しぶりに見た氷の貴公子、ユリウスの冷たい笑顔。ファビオラの手を掴み笑いながらもその声は低く瞳は怒りに満ちている。


「は、離して!」


「離せばまた愚かなまねをするのでしょう?そんな事を承諾出来る程、私は優しくないのですよ」


 ユリウスに捕らわれた自らの腕を振り払おうと暴れているファビオラに対して丁寧な言葉使いのユリウス、これはかなり怒っているのだなと親しい者はすぐに気付いた。



「えっと……ユーリ。あの……暴力はいけないわよ?」

 遠慮がちにアイリーネが告げる。


「ん?そうだね。暴力はいけないね」

 そんなこと分かっているよ、当たり前だと言わんばかりの顔をしてユリウスはアイリーネに返答した。



 そうは言っても、ユーリもの凄く怒っているわ。

 ユーリが女性に対して乱暴なことをしないとは思うけど、止めてもらった方がいいわよね。

 お父様と目が合った!でもお父様も怒ってるわ。

 目が笑っていないもの、後はイザーク様だけど……

 ユーリみたいに笑顔すらない、無表情だわ。

 この部屋の中にいるのはあとはマルコさんだ。

 マルコさんは神官だもの、ユーリを諭してくれるはず………あれ、目が座っている?

 ど、どうしよう。誰も頼りに出来ないみたい……



「ふふっ、あはは」


 笑い声?こんな場面で笑うなんて誰よ!

 アイリーネは笑い声の主を見た。


「えっと……シリル?」

 笑っていたのはシリルではないか。シリルは口元に手を当てて今も笑っている。

 その姿にアイリーネは目を見開いて驚いた。

 シリルは母であるファビオラ様の言葉に傷ついていいると思っていたけれど……違っていたのだろうか。



「もう……アイリーネが困っているよ。みんな僕の為に怒ってくれてありがとう。ユリウスもその人の手を離しても大丈夫だよ」

「いいのか?シリル。このまま兵士に突き出してもいいんじゃないか?未遂だけど暴力事件だぞ」 


 ユリウスの言葉にファビオラは怒りで顔を赤く染めるとワナワナと震えている。

 


「あなた達――」

「もう、お止め下さい」


 ファビオラは怒りで憤慨すると更に暴言を続けようとしたのだが、突如として現れた声に反応し押し黙った。

 声の主は初めて見る――いや、初めてではなかった。彼女の姿を見たのは……あれは確か4年前だ。魔獣もどきの騒ぎの際、母であるファビオラと共にいた。クリーミィなブロンドの髪な新緑の瞳、そしてその容姿はファビオラにもシリルにもよく似ている。

 シリルの実の妹だ。


 シリルの妹は私達の前に近づくと、スカートの裾をつまみ簡易の礼をとった。


「母がお騒がせして申し訳ありません。シルフォーネ・オルブライトと申します」


 年はマリアと変わらないぐらいだろうか、しかしその佇まいは雲泥の差、シリルの妹のシルフォーネは外界の穢れから切り離されたような深層の令嬢に見えた。


「ああ、シル。聞いてちょうだい、この人のせいでお父様は亡くなったのよ。シルもそう思うでしょう?シルからも一言いってちょうだい」


 ファビオラはそう言うとまだ少女という年齢のシルフォーネに縋りつき訴えた。シルフォーネはと言うとそんな母をどこか冷めたような眼差しで見つめていた。シルフォーネは瞳を閉じ一息吐く、年相応とはいえない、実年齢よりも大人びて見える。


「お母様……いい加減にしてください」


「えっ?シルフォーネ?」


「お母様、いいですか?こうなったのはお母様に責任があります。お父様は口には出しませんでしたが、お兄様のことを愛しておられたと思います」


「な、なんてことを!」


「お母様の手前、言えなかっただけです」


「そんなはずないわ、あるわけない」


 ファビオラはみるみる内に青ざめるとワナワナと小刻みに震えだす。

 シルフォーネはそんな母の様子を気にする事なく続けた。


「普通の家族であったなら、結果が違っていたかも知れません。もっと違う道があったかも知れない。もしくは、結果は同じでもそこに至るまでの道は違っていたのかも……家族として過ごす時間があったでしょう。お父様からお兄様を奪ったのは、お母様です。お父様と私からお兄様を奪ったのはお母様です。お母様は弱いと言い訳をして歪な家族を作りました。私には赦すことは出来ません」

「シ……シルフォーネ……」


 ファビオラは力が抜けたように座り込むとその場で泣き崩れた。

 ファビオラに怒りを感じていたユリウス達はファビオラを黙って見下ろすシルフォーネの姿を同じく言葉を発せずに見つめていた。


「お母様をお願いします」

 マルコはハッとして自分が頼まれたのだと理解すると泣き崩れているファビオラを別室へ連れ出した。

 シリルは連れ出される母を目で追いながら、妹であるシルフォーネに向き直った。



「お兄様……とお呼びしてごめんなさい」

「ううん、嬉しいよ。兄と呼んでほしい。……シルフォーネと呼んでも?」

「はい……お兄様……お母様が……」

「ううん、僕も意地をはってたから」

「それでも……」

「シルフォーネ……お父様のことを教えてほしい。お父様が普段どんな風に過ごしていたのかを……それから君の事も……」

「はい……私は今まで何も出来ずに――」

「僕より小さい君だ、何も出来なくても当たり前じゃないか」

「……はい」


 涙を浮かべているシルフォーネをシリルは抱き寄せた。おずおずとぎこちない仕草ではあったが大切そうにシリルは抱きしめる。シルフォーネはシリルの腕の中で大泣きし、大粒の涙を流した。

 大人びていたと思っていたシルフォーネが年相応に見えた瞬間であった。




「良かったな」

「ええ……」

「本当に……良かったです」

 シリル達兄妹の姿にユリウス、アイリーネ、イザークはそれぞれそう述べる。

 必要以上の言葉は要らない、シリル達の会話は今から始まるのだから。

 そう考えたアイリーネは頷くと微笑んだ。

 

 大聖堂から帰宅する際にはオレンジの空はすでに闇夜に変わっていた。

 星が見える、明日はきっと晴れますね、とお父様が言った。

 シリルの心も晴れただろうか?傷付いた年月は消せないけど、それでも少しでも晴れたと信じたい。

 シリルが帰ってくるのは、我が家だ。だから、シリルにお帰りと言って、シリルの好きなお肉を食べてもらおう。

 



 それから三ヶ月後―――

 よく晴れた夏の日にシリルは教皇となった。

 シリルは笑顔で儀式に臨み、国民は皆シリルの笑顔に魅力された。

 シリルはきっといい教皇になるでしょう。とお父様が言った。私はその言葉に頷いた。

 

 これは後々のお話だけど。

 実際にシリルは歴代最高と言われる教皇になるのだった。

 

読んでいただきありがとうございます

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