第249話 怒りの訪問者
客間の中には私とユーリとイザーク様。それから、神官のマルコさんがいる。マルコさんはシリルが小さな頃から世話をしてくれていた人で今も目を赤くしてシリルを見つめている。泣かないシリルが痛々しいとマルコさんも思っていたのね。
誰もが言葉を発しない。シリルの嗚咽だけが響いている。やっとシリルが泣けたのだ、気がすむまで泣いていい。目元を擦り涙を溢すシリルにそっとハンカチを手渡すと「ありがとう」と言ったシリルは涙を拭った。
「僕ね……ずっとお父様は僕のことなんてどうでもいいと思ってたんだ……僕のことをシリル様と呼んでお祖父様のように頭を撫でてくれたことも抱きしめられたことも一度もない。食事ですら他の神官や聖女達がいなければ同じ席についたことはない……会話も教会に関係があるものばかり……だから……僕にはお父様はいない、そう思い込むようになってた」
シリルの言葉に私が頷くとシリルは大きく息を吸うと話を再開した。
「だけどねアイリーネ、違ったんだ。お父様はただ仮面を付けているだけだった、あの時……僕を庇ってくれた時にね、お祖父様と同じ目をしていた。だから僕は気付いたんだ、お父様は僕の事を思ってくれているんだってね」
「シリル様!――実はシリル様の幼い頃からシリル様のご様子を教皇様に報告をしていました。教皇様が望まれたのです。報告した時の教皇様はよく微笑んでいらっしゃった。他言無用、そのように言われて今まで秘めていた事をお詫びいたします」
今まで部屋の隅に控えていたマルコが耐えきれずにと言った様子で声をあげた。
「お父様が望まれた?」
「……はい、そうです」
「そっか……僕のことちゃんと気遣ってくれていたんだね。……うれしい!」
そう微笑んだシリルは目元は真っ赤で少し腫れているけれど、笑顔は晴れ晴れしていて年を重ねても妖精だった。
「よかったな、シリル。じゃあ――この前髪は似合わないぞ」
シリルの背後に立ったユリウスはそう言い終えるとシリルの髪をくしゃくしゃと乱していく。もう、と言いながらもシリルは嬉しそうでアイリーネは胸を撫で下ろした。
シリルにとってお父様が亡くなって辛い出来事だったけど、それでもシリルがお父様の愛情に触れることが出来て本当によかった。シリルはきっといい教皇になる。笑顔に溢れた愛される教皇になるだろう。
そんな考えにふけていると教会に似つかわしくない大きな声が聞こえてくる。まして今日は教皇の葬儀の日だ、こんな日に不届き者がいるのかと首を傾げていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「………お父様?」
私の耳に父であるリオンヌの声に聞こえる。
扉の近くにいるイザーク様を見つめると同意するように頷いた。
声は徐々に近付いてきたと思っら、扉が勢いよく開き予想していなかった人物が入って来た。
「あなたが!あなたのせいで夫は亡くなったのでしょう!?この人殺し!」
そう言ってシリルに詰め寄るのはシリルの母であるファビオラであった。シリルと似た風貌、ブロンドの髪にグリーンの瞳、本来なら綺麗な人のはず。ただし以前出会った時よりも窶れており、血色も悪くその瞳は怒り、憎悪に淀んでいた。
「お辞め下さい!ファビオラ様!シリルのせいではありません!」
「離して下さいリオンヌ様!この子のせいで!」
金切り声でシリルに罵倒しながら近付こうとがリオンヌによって阻まれている。リオンヌは騎士のように逞しい体つきではないものの、貴族の夫人であるファビオラを阻むぐらいの体格差はあった。
しかし、そのリオンヌの隙を狙いリオンヌの脇をすり抜けると呆然と立ち尽くすシリルと対面する。
「あなたがいなければ夫は死ななかった!あなたがいなければ!あなたなんて生まなければ良かったのよ!」
ファビオラの言葉に部屋の中にいる誰もが息を呑んだ。とても母親の言葉とは思えない発言にアイリーネ達は怒りを覚えた。
「そんな……酷い!シリル、気にする事ないわよ?シリルの家族は私達だけだから」
「自分の子供によくそんな酷いこと言えるよな?聖女候補だったらしいが、聖女にならなくて正解だな」
「シリル様……」
ファビオラの言葉によって傷付いたであろうシリルを案じるアイリーネ、ファビオラに向かって怒りを露わにするユリウス、シリルを見つめるイザークと三者三様である。当のシリルは頷き微笑んだ。
「ありがとうみんな、僕は大丈夫だよ」
そう言ってシリルはファビオラを見下ろした。
母の愛情を求めていた小さな子供はもういない。
シリルは母以外の愛を受けて母よりも大きく成長していた。内面も成長していた、父の愛を知った今、シリルは母の言葉に傷つくことはなかった。
「ごめんなさい、僕を庇ってお父様が亡くなったのは事実です。お父様が僕を愛していてくれていたから、だから僕を助けてくれた」
「――何を言ってるの……」
「お父様は僕のことを――」
「止めて!あなたは私達の子供じゃないわ!あなたは人ではないじゃない!そんな膨大な神聖力――異常だわ!私達の子供じゃない!」
ファビオラは髪を乱してシリルに抗議する。
シリルを否定している大半は怒りがしめているが、どこか怯えているようにも見えた。
ファビオラはかつて聖女候補であった。神聖力は高くなく聖女にはなれなかった。神聖力を持っていたからこそ自分の腹の中にいる我が子が膨大な神聖力を持っていることに気付いてしまった。そして恐れ、同時に嫉妬していた。自分の持ち得なかったものを持つ我が子が憎らしかった。精神的に耐えられなくなったファビオラは我が子ではないと否定するようになった。それでいて時折見かけるシリルが自分達の愛情を欲しているのに気付き、内心では優越感にも似た想いを抱いていた。
神聖力が高く妖精と呼ばれるシリルが自分達を求めているのだと、その想いは歪だった――
そのシリルが自分の凶器のような言葉に傷付いた様子もない。今までのシリルなら表情を変えていたはずだ、自分を見下ろす哀れみを含んだ目をしたシリルにファビオラは少なからず怯えていた。
読んでいただきありがとうございます
更新に時間がかかりすみません。
完結目指しています、ゆっくりではありますが進んでいきたいと思っています。




