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断罪された妖精の愛し子に二度目の人生を  作者: 森永 詩


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第248話 立派な教皇

 大聖堂の鐘は鳴る。いつもと同じ音色だと言うのに、どこか悲しく聞こえるのだから不思議なものだ。そして、大聖堂と競い合うように他の教会の鐘の音も聞こえている。アイリーネが覚えているのは前回、シリルの祖父である当時の教皇様の葬儀の時以来である。王族の婚姻の際にも鳴るようだが生憎、アイリーネは訃報の音しか聞いたことがない。


 ヴェルナーより急いで帰還したものの、敵は去った後だった。ユーリ達に大きな怪我はなく安心したけど、シリルのお父様である教皇様が亡くなった。

 教皇様はシリルを庇って亡くなったそうだ。

 シリルと教皇様は親子というには距離があり、シリルのことを大切にしているようには見えなかった。

 だけど、それは違っていたのだろう。そうでないと、シリルを庇ったりしない。


 シリルは傍目には粛々と葬儀を執り行なっているように見える。いつもは厳かな大聖堂も葬儀に参列する人で溢れている。白い花を供える人の波はまだまだ続きそうだ。人々は教皇の死を悲しみながらも、歴代最高の神聖力を持つと言われているシリルへの期待も大きいのだろう。国外からの教会関係者も参列しているようだとお父様が言っていた。シリルはその対応でも忙しく、まだ個人的には話を出来ていない。

 シリルは泣いている様子はない。いつもは柔らかそうな髪を撫で付けて額を見せ、話す口調もいつもとは違い立派に教皇代理を務めていると思う。

 だけど私から見れば痛々しく思う、無理をしているのではないかと、知らず知らずの内に眉間に皺がよってしまっていた。



「リーネ……また、そんな顔して……」

「ユーリ。そんなって、私どんな顔してるの?」

「うーん、苦虫を噛み潰したよう顔?」

「……そんな虫食べたりしないわ。だってシリルが無理してるように見えるから……」

「うん、でも忙しくしてるほうがシリルにとってはいいのかも知れないな……考える時間があれば、あれこれ考えてしまうかも知れないだろ?」

「それはそうだけど……」

 遠目から見るシリルは作った笑顔を貼り付けて、皆の望む立派な教皇代理という仮面を付けているようだ。ユーリに頬をつつかれて、自分が頬を膨らませているのだと気付いた。



「葬儀が終わったらシリルとゆっくり話す時間もある。その時にはシリルの好きなご飯でも用意して、頑張ったなって言ってやろう?」

 ユーリの言葉に無言で頷いた。

 だけど、視線はシリルに向けたまま。目を離してしまえば今までのシリルが消えてしまいそうで、そんなのは嫌だといつまでもシリルから視線を逸らさなかった。いつもなら、不満だと言うユーリも何も言わない、もしかしたらユーリも私と同じような事を考えているのだろうか。




♢  ♢  ♢


 空がオレンジ色を過ぎた頃、ようやく続いていた長蛇の列も終わりをむかえた。最後の弔問客を見送ると大聖堂の扉は静かに閉じられた。

 大聖堂の奥にある客間で待機しているとようやくシリルが現れた。少し窶れたように見えるシリルだが、部屋に入るなり笑顔をみせる。ただし、その笑顔は今までのシリルとは違っていた。妖精のようだと言われていたシリルの笑顔ではなかった。



「今日はわざわざ来てくれてありがとう」

 シリルは貼り付けた笑顔でそう言った。

 客間に入って来たシリルはそのままソファに座ると神官が用意してくれたティーカップに口をつけた。


「「…………」」

「ねぇ、シリル?」

 ユーリもイザーク様も無言。だから、私がシリルに尋ねる。

「もういつものシリルに戻ってもいいのよ?ここには家族しかいないのだから。もう、泣いてもいいのよ?頑張らなくていいの」


 一瞬、動きを止めたシリルだったがすぐに紅茶を嗜み始めた。


「………そういうわけにはいかないよ。教皇……お父様は僕……私が立派な教皇になることを望んでいる。今までと同じではいけない」

「そう……だったら教皇様はシリルの事を愛していたと思ったけれど、それは間違いだったのね」

 シリルの目が限界まで見開いた。

 信じられないと言った目でこちらを見ている。


「何を言ってるの?アイリーネ!そんな事ない!お父様は僕を庇って亡くなったんだ!立派な教皇になって欲しいって――」

「愛しているなら今の無理してるシリルを見て、どう思われるかしら?それにね、シリル……」


 座っていたソファから立ちがった私は座ったままのシリルを見下ろした。

 不安そんな顔をして見上げるシリルに諭すように告げる。


「前教皇様、シリルのお祖父様は厳格な方だったけど、シリルの前ではどうだった?教皇と信者ではなかったでしょう?だったら、教皇だからってプライベートがないわけではないわ、そう思わない?」


 シリルは声を失ったかのように、口を開いたまま私を見上げている。賢いシリルなら分かっていたはず。

 それでも、立派な教皇という言葉を履き違える程、動揺していたのだろう。父の愛に無縁だと思っていたのだから、仕方がない。



「だって……だって……」

 そう言ったシリルの目は涙により潤んでいく。

 

 シリルが泣くのは教皇の最後の時以来である。

 それが分かっているから、誰もが口をつむぎシリルを見守ってた。

 

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