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断罪された妖精の愛し子に二度目の人生を  作者: 森永 詩


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第247話 外れた仮面

 ある程度の痛みは予想していた。だけど、思っていたよりも痛くはない。影の先端は鋭く剣の様だった、だからこそシリルは死を覚悟した。衝撃で地面に伏せる形となったシリルは目の前の自らの両手を見つめると軽く握った。


「あれ……生きてる?」


 慌てて起き上がり自身の体に手をあてて傷をさがすも見当たらない。攻撃が当たらなかった?そんな馬鹿な!影は間近まで迫っていた、そんな都合のいい事ないだろう。と、ふと顔を上げた。



「な……ん…………」

 言葉にならなかった。わけが分からなかった。

 想像もしていなかった目の前の光景にシリルは頭の中が真っ白になった。



 影の攻撃は外れていなかった、むしろ正確に当たっていた。

 だけど、それはシリルにではない。

 影に腹部を貫かれて白い特別な法衣を自らの血で染めているのは、教皇である父であった。

 


 どうしてあの人がここにいるの?

 市民は防御壁の中に避難させた。だが教皇は本来大聖堂で聖女と共に祈りを捧げているはずだ。

 こんな所にいていい人じゃない。

 だから、これはきっと現実ではない。

 だって、あの人と僕とは例え血が繋がっていたとしても親子ではなく、他人のはずた。


 シリルは目の前の光景に信じられないと否定し現実逃避しようとした。周りから見ればほんの一瞬の出来事。それでもこの時のシリルにとっては長い時間であった。



「ローレンス!」

「は、はい!」


 アルバートはローレンスの名を大声で叫んだ。

 ローレンスは名を呼ばれてハッとすると、呼ばれた意味を正確に理解した。すぐさま呪文を唱えると光の魔力をコンラッドに向け放った。

 コンラッドは唸るような声をあげると、影の中に消えた。光が強いと闇も深くなる、影はコンラッドを隠すには充分であった。ローレンス自身、手応えは感じたものの影の中に消えたコンラッドはすでにこの場から逃れたのだろう。

 悔しさを滲ませて両の手をきつく握りしめた。


 

「シリル!しっかりしろ。今、治癒の能力を使えるのはお前だけなんだぞ!」


 ユリウスの声に我に返るとシリルは震える足で教皇の元に駆け寄った。


 

 そうだ。この場で治癒の能力を使えるのは僕だけだ。早く――早く!今なら間に合う!


 シリルは地面に仰向けに横たわる教皇の背を抱え上半身を起こすと手をかざした。シリルには必ず治すと意気込みがあった。助けてみせると強い意志があった。

 だからこそ、かざしたシリルの手を拒絶するように押し止めた教皇に目を見開いた。


「――どうして?」

 シリルは掠れた声で呟いた。


 僕に治癒されるのが嫌なの?

 でも今はそんな事を言ってる場合じゃないんだ!

 あなたが例え嫌がっても僕は――


 再び手をかざそうとしたシリルを教皇は制止した。


「だから!どうして――」


「……無駄……だからです」

 苦しそうに息を吐きながら教皇は答えた。


「む……だ……?」


 シリルは教皇の傷口に目をやった。

 教皇の腹部には影に貫かれた傷口がある。

 今なお流れ出す血液が重症であると示している。

 それなのに、なんで!と考えたシリルだったがある事に気が付いた。傷口近くの裂けた法衣から覗くもの。それは以前リベルトの死の間際に現れた黒い模様であった。


 シリルはぐっと歯をくいしばった。

 目の前の教皇に時間が残されていないことに気付いてしまった。理解したくないのに、分かってしまった。


「……どうして…僕を助けたのですか?」

 震える声でシリルは問う。

――僕の事なんか愛していないくせに。

  親子だと思っていないんでしょ?

 

 シリルは教皇を見つめた。瞬きするのも惜しいのかと問われる程に一途に教皇を見つめていた。

 

「それは……シリル様が……次期教皇だからですよ。歴代最高の神聖力の多いシリル様なら……立派な教皇になられるでしょう……」

 教皇もまたシリルを見つめた。

 記憶に残したい、目に焼き付けたいとシリルを見つめた。

 その眼差しはシリルを愛おしむものであり、シリルには見覚えがあった。


――嘘つき、他人を装う仮面は外れてしまったよ。

 だって、今のあなたはお祖父様と同じ眼差しじゃないか。



「顔を………見せて……」

 シリルの顔に教皇の震える指が触れた。

 シリルは教皇の指を握りしめ自らの頬に手繰り寄せると顔面を教皇に近付けた。




「………大きく……なられましたね」

 そう言いながら教皇は満足そうに微笑んだ。


 シリルは息を呑み、肩を小さく震わせた。

 シリルの頬に涙が伝う、堪えきれずにこぼれ落ちる涙は止めどなく流れていく。


 教皇はシリルの腕の中で浅い呼吸を繰り返している。時折、苦しそうにうなり、その間にも傷口から血が失われ顔色も悪くなっていった。



「お……父様……」

 シリルは堪らずに父と呼んだ。


「お父様、お父様、嫌だよ!死なないで!僕をおいていかないで!」

 シリルはタガが外れたように父と繰り返した。

 今までを取り戻すかの如く父と呼んだ。

 しかし、どれだけシリルが叫ぼうと教皇は回復の見込みがないのが現実なのだ。


 教皇はシリルに看取られてこの世を去った。

 最後の言葉は「立派な教皇に――」であった。


 シリルはその言葉を胸に教皇の葬儀を執り行なうこととなった。




 

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