第246話 王都再び
ヴェルナーの地でアイリーネが洞窟での浄化が進む中、王都での戦いも終盤を迎えていた。
コンラッドの足元にある影が伸びる。細長く伸びた影は先端が剣のように鋭くなるとその数を増やした。鋭い先端は攻撃力に優れ、結果ユリウス達は防御に徹する事となる。
「くそっ!隙がないな!反撃出来ない」
「うん、それよりも。ユリウスもアルバートもあの影に気をつけて。何だかよく分からないけどあの影からは普通よりも禍々しいものを感じる」
「禍々しいもの?」
シリルの言葉に反応したアルバートは片眉を上げたると同じ言葉を反復した。
「うん、刺々しくてそれでいて苦味があるような、何とも言えない感じで気持ち悪いよ」
「「………」」
そう会話している間にも攻撃は止む事なく、影を避けていく。しかし、影は一本ではない、敢えて数は数えていないが魔術を使用し影を相殺しても新たな影が生まれだけ。それを繰り返しているのだからユリウス達にも疲労の色も見え、同時にコンラッドにも魔力の消耗が深まるのが分かった。攻防により魔力が衝突し、凄まじい音と風が周囲を包みこみ、瓦礫の山があちらこちらに増えていった。
このまま攻防を繰り返していても、いずれ限界が訪れるだけだ。それならば――とユリウスは尋ねる。
「ローレンス、攻撃できるか!?」
「いえ!難しいです!」
防御壁の向こう側にいるローレンスは攻撃するタイミングを見計らっていた。しかし、残念ながら攻撃には至っていない。と言うのは激しい攻防により敵と味方とが入り混じりローレンスが攻撃することによって、ユリウス達味方にまで影響が及ぶおそれがあった。
光の魔力は闇に対して効果がある。では、他の属性に対してはどうだろうかと言うと闇程ではないにしろ効果はある。それを分かっているローレンスだからこそ隙を伺ったまま攻撃出来ずにいた。
「いつまでもこんな事をして――うわっ」
攻撃を避けて後方へ下がったユリウスは足元に散らばる瓦礫でバランスを崩す。敵はその姿を見逃さなかった。影が一斉にユリウスを標的に決めると鋭い先端をユリウスを目がけた。
まずい、まずいぞ。避けきれない!
バランスを崩した足元は瓦礫が多く体勢を整えるのに適していない。ユリウスは必死に攻撃を逃れようとするも焦るばかりで行動が伴っていなかった。
「ユリウス!!」
そう言って無数の影に囲まれたユリウスの周囲に防御壁を展開したのはシリルで、それにより影は防御壁に衝突し相殺していった。衝突の反動で周囲には煙が立ち視界が悪い、ユリウスは瓦礫を注意深く避け大地を踏みしめる。
「ありがとう……シリル――」
ホッとしたユリウスは冷や汗が流れた形の良い額を拭いながらシリルに目を向ける。目に映る光景に息を呑み、安堵の表情から驚愕したユリウスは大声で叫んだ。
「シリル!危ない!後ろだ!」
「えっ?」
驚いた顔のユリウスの視線の先を追うと自分の後方に影が忍びよっていた事にシリルは初めて気付いた。
――しまった!
そう思うのと同時にこれは避けられないな、とシリルは悟った。
時間がゆっくりと流れている。まるでスローモーションのようだ。驚いた顔で手を伸ばすユリウスも凍り付いたような顔をしているアルバートもまるで静止画のようだ。そんな中、敵であるコンラッドは不適な笑みを浮かべながらこちらを見ている。
そうか……初めから僕が狙いだったのかと、シリルはため息をついた。
人は死を迎える前に走馬灯が見えると聞いた事がある。それならば、今自分が置かれている状況はそういう事なのだろうとシリルは考えた。
思い起こせば、僕がこの世界にやって来たきたのは最初はただの好奇心だった。人を間近で見てみたい!そんな軽い想いだった。しかし、実際に人として暮らす年月が長く成る程、シリルも人間の思考に近付いていった。妖精にだって色んな妖精がいる、人だってそうだ。いい人もいれば悪い人もいた、優しい人もいれば怖い人もいる。人間関係だってそうだ、様々な思いや利権が絡み合い一概にこうとは言えないこともあった。
血が繋がっているからって――必ずしも家族だとは言えない。
僕が見てきた人間は子供を大切にしていた。楽しそうに笑う親子連れに興味が湧いた。自分が人間になる時には期待した、自分の親はどうなのだろうと。
初めは状況が分からなかった、世話をしてくれる人が両親なのかと思った。だけど、違った。僕に親はいない、肉親はお祖父様のみだった。
他の子供のように両親と手を繋ぐ事も抱き上げてもらう事もなかったけど、僕にはお祖父様がいた。お祖父様は僕の話しをいっぱい聞いてくれた、褒めてくれた、頭を撫でてくれた。イルバンディ様に撫でられるのとは違った感覚だった。
ずーっと、こうしていられればいいのに。そう思った一回目、だけど予想以上にお祖父様は早く亡くなった。だから、二度目はアイリーネを守ることは勿論だけど、お祖父様の延命を願った。その甲斐あってか一度目のお祖父様よりも二度目は長生きしてくれた。たった一人の肉親であるお祖父様が亡くなって辛くて悲しかったけど、新しい家族が出来た。リオンヌ様やアイリーネ達と暮らしている内にお祖父様を思い出しても前程辛くはなくなっていた。勿論、楽しい事ばかりじゃなかったよ?悲しい事だってあった、突然の別れだってあった。それでも満足している僕がいる。
本来なら僕も最後までアイリーネが幸せになるのを見届けたかった。いずれ新しい家族が出来るのを見届けたかった……。だけど、それはきっと叶わない。
だけど、お祖父様に会いに行くって思ったら案外悪い気はしないね……
――イルバンディ様……。僕頑張ったよね?
イルバンディ様も頭撫でてくれる?
シリルは口元を緩めると静かに瞼を閉じた――
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