第240話 魔獣の住処①
魔獣の住処まで馬車では行けない。この周辺の道は舗装されていない、そのため馬で森の入り口に到着すると残りは歩きだった。
馬上は相変わらず慣れることはないが、前回と違い時間に余裕がある。前回は急な魔獣の襲撃により現場となった街道までは全力疾走となった馬であったが、この度は速度を抑える事ができ、周囲を見渡せた。
この世に生を受けて以来、いや回帰前を加えたとしても人生のほとんどを王都より出ることがなかったアイリーネにとっては貴重な体験となった。
頬をかすめる風は王都のこの時期とは違い春は遠くやや肌寒い、目に入る景色は花畑など無縁で木々に草原。建物といえば遥か遠くに見える街のみだ。馬を走らせても変わり映えしないと言われればその通りであるが、平穏な日常が幸福であると知っているアイリーネにとっては新鮮に思えた。
休憩を取りながら馬を走らせて王都より半日、ようやく森の入り口に立つ。早朝は肌寒く感じられたが太陽も昇りすでに頭上にあり気温も上昇していた。
しかし、森の中に足を踏み入れると陽の光とは無縁であった。足元は湿気を帯び泥濘んでおり歩きにくい、苔の生えている部分もあり慎重に進まないと危険であった。
「アイリーネ様、足元が悪いですので注意して下さい。もし疲れたのなら私が抱えますので遠慮しないで下さいね」
「イザーク様……」
イザーク様はいつもと同じ笑顔でそう告げた。
違和感があるのはイザーク様の服装のせいだろう。
イザーク様の聖騎士の白い騎士服はこの森の中では目立つ。だから今日は私と同じ王宮魔術団の制服を着用している。その姿は新鮮で慣れるまでに時間がかかりそうだ。
慣れない馬に泥濘んだ道。
確かに注意深く進まなければ転んで怪我をするかも知れない。
だとしても……抱えるだなんて……
「イザーク様は過保護ですよ」
「過保護?そんな事ありませんよ、大袈裟ですね」
イザーク様はフッと笑った。
「大袈裟ではありませんよ、いくら足元が悪いといっても抱えるなんて。私は小さな子供ではありませんよ」
イザーク様の顔を見て話していた。
だからとうぜん足元は見ていない。
「あっ!!」
「アイリーネ様!」
気がつけば、イザーク様の腕の中。すっぽりと収まってしまった。イザーク様とこんなに距離が近かったことは初めてではない。抱えてもらった事もある。いつもなら、安心するイザーク様の腕の中、しかし今日は違う。慣れぬ服のせいだろうか、イザーク様が見知らぬ人に思えて緊張するのがわかる。
「アイリーネ様?大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です」
「やはり、抱え――」
「気をつけます!もっと気をつけますから!」
必死にそう言ってイザーク様の腕から逃れると不服そうな表情のイザーク様だったけど、私だって譲るつもりはない。もう、小さな子供ではないのだから重いだろうし、何より恥ずかしい。納得していないイザーク様だったけど、このまま立ち往生するわけにもいかず手を繋ぐことで渋々納得してくれた。
「この辺りですね――」
森に入り2時間程過ぎただろうか、時間の感覚は分からないが時計がそう示している。
この辺りだと呟いたジョエルとロジエは地図と照らし合わせて指をさして確認する。
この辺だと言われて討伐隊も辺りを見渡すも変哲もない、森の中。これまで歩んで来た道と何ら変わりなく見えた。
「あの……ジョエル殿?本当にこの辺りなのでしょうか……」
戸惑いながら遠慮がちにダグラスは尋ねた。
討伐隊にも困惑の色がみえる。
時間をかけてやって来た場所には何もない、困惑しても可怪しくはないだろう。
「ええ、ここです」
そう言うとジョエルは手をかざし呪文を唱えた。
金色の光がジョエルの掌の前方で満ちる。
辺りを金色の光に染めあげ、そして光が落ち着いた後は蔦の絡んだ屋敷がその場に現れた。
「た、建物が現れたぞ!」
「な、何だ――」
「いったいどこから?」
討伐隊は驚きの声をあげる。
「どこからと言いますか始めからですね。建物はすでに存在していたのです。ただ、見えないように細工されていただけ。それだけですね」
「……それだけと言われましても」
ジョエルにとっては何でもないこと。
闇の魔力を保たない者にとっては違う。
驚き、興味津々、困惑、恐れなどその感情は様々である。
「あ、それからもう一つ隠された場所がありますよ。向こうに洞窟があるようです」
ジョエルが指さすのはただ岩肌がみえる場所。
ジョエルが示した洞窟など見えない、しかしジョエルはそう申したのだ。
だから、洞窟は存在する。固唾をのんで見守られる中、ジョエルは再び呪文を唱えた。
読んでいただきありがとうございます。
ひな祭りです。
例の如く関係ない内容でした。




