第23話 とまらない悪意
城に到着するとアイリーネは貴族用の牢屋にいれられた。貴族用なのでベッドも食事も用意され家のように快適ではないものの耐えられないほど辛いものではなかった。
取り調べも近衛騎士が行い調書を書きあげる、後から考えると辛い物ではなかった。ただ、この時のアイリーネには降って湧いたような罪、義母の態度、マリーの裏切りに加え知り合いもなく軟禁状態で心身共に疲弊していった。
取り調べ以外は何かを強制されることはなかったが、誰かに会うことはかなわず外界との接触は立たれたままであった。アイリーネは取り調べや食事をとる以外はベッドで横になることが多く、ポポもアイリーネに寄り添い眠ることが多くなった。
「ポポ、いつになったら帰れるのかな?もうここから出られないのかな?」
「………」
「妖精の愛し子ってなんだろう………」
ポポには答えられずギュッとアイリーネにしがみついた。
そんなアイリーネの生活はマリアが介入したことにより一変する。アイリーネがどれほどみじめな姿になっているか期待してやってきたマリアは貴族用の牢屋にやってくると怒りを爆発させた。
「なによ、コレは!こんなの罪人には贅沢でしょ!」
初めはマリアを関係者ではないと止めていた兵士もマリアのいう事に戸惑いを感じていた使用人もペンダントの黒い霧が降りかかると、みんなマリアの言いなりになってしまう。
アイリーネにとっては、初めてマリアに会ったあの日から見慣れた光景でありマリアに対抗するにはどうしたらいいかと考えたこともあった。しかし神聖力を使えないアイリーネにとってはどうする事もできなかった。
マリアに操られた人達はマリアの希望通りに従いまずはアイリーネを地下の牢屋に移動させた。カビ臭く光が届かない地下で石の素材で出来た床に裸足のまま立っているとそれだけで体の中から冷たくなっていく。服もボロボロの布切れに変えられ寒さがまし震えてくる。マリアは笑いながらこちらを向き直りアイリーネを見た。
「仕上げはこんな感じかしら?」
そう言ったマリアの手に光る物が見えり。とっさに身の危険を察知したアイリーネは逃げようと後退るも兵士達に拘束されて動けない。アイリーネは死を覚悟して目をつぶった、身を構えるが痛みはなく耳の横で音がする。ハッと目を開けると見慣れたシフォンピンクの髪が宙を舞っていた。
「わ、私の髪が………」
拘束を解かれたアイリーネは髪に手をやると耳の下あたりで不揃いに切られいるのがわかる。アイリーネは立っていられずに膝から崩れ落ち冷たい石の床に座り込んだ。どうしてここまで執拗にこんな仕打ちをされるのかアイリーネには理解できない。
「どうして?どうしてあなたは私のことをこんなにも嫌うの?」
「………」
マリアには正直わからない。公爵令嬢ではないのに公爵令嬢のふりをしてるというのは気に入らない。アイリーネがいては殿下と結婚できない、ただしアイリーネは婚約者ではない、だったら何故?ただ笑っていると腹が立つ、初めて会ったあの日からずっと。マリアの幸せはすべてアイリーネに奪われたようで。
そんな時あの人から言われた。マリアは子爵令嬢なんかで終わる人じゃないと、皆から愛される存在で偽物の公爵令嬢に罰を与えてやれと。手渡された黒い石のペンダントを使うと誰もがマリアに従った。稀にマリアに従わない者もいたが、そんな事は些細なことでしか無かった。
ただ嫌いなだけ、どうしてと聞かれてもマリアには難しい事はわからない。
「うるさいわね!あんたが嫌いなのそれだけよ!」
そう言い終わるとマリアは牢屋から出ていった。
それからマリアは姿を現すことはなかったが、マリアの命令を受けた兵士達は食事を運ぶこともなく、時には取り調べと称して鞭をふるい、気を失うと水を掛けることもあった。最初は怖くて痛くて悲しくて泣いていたアイリーネは体力が落ち徐々に弱っていき反応も鈍くなっていく。ポポは治癒能力を使うも制限された神聖力では完全に治すことは出来なかった。愛し子を守るはずの使命を帯びたのに守りきれず感覚を共有したポポもまた弱っていった。
「殺すなよ?」
「そのうち死んでしまうだろ?」
「処刑するからそれまで生きてもらわないと」
「だったら同じだろ?いつ死んでも」
「そうゆう命令だ」
兵士達はアイリーネの生死など気にも留めず地下牢から去っていった。
冷たい床に倒れているアイリーネは自力で移動する事もできない。汚れた簡易ベッドまで動くこともできない。思考能力はあるのか全身水を掛けられた体が悪寒しているのがわかる。ふと耳にコツコツと靴音が聞こえた。手を動かすのも難しいが耳だけははっきりと聞こえ、近くで止まった。鍵を開けていた気配はないがすぐ側で人の気配を感じる、どうやって中に入ってきたのだろうか?考えがまとまる前にふわりとした浮遊感で驚くとベッドの上に寝かされた。
「――こんな事なら、治癒能力を望めばよかった」
聞き覚えのない声、だけど落ち着く声。ふと呪文が聞こえると温風がアイリーネを包み濡れた体が乾いていく。服まで乾くと寒さが消え暖かくなった。火と風の混合魔法。混合魔法を使えるのは魔力が多く魔法の才もある者だけ限られた一部の者だけである。
アイリーネは気になり薄目を開ける。真っ赤な髪に瞳。年はユリウスよりも少し上か?身長も高く真っ黒な服と外套を纏い、アイリーネの顔を覗き込んでいる男の顔は微笑んでいた。眠ったほうがいいとアイリーネの目を手を覆い目を閉じさせた。髪がと聞こえると不揃いな髪に触れてきた。知らない人なのに不快感はなく、むしろ懐かしささえ覚える。
「だ、れ、ですか?」アイリーネが短く問うと、問には答えず頭を撫でてきた。
「今は知らなくてもいい。……だが次も同じ目に合うなら、その時は迎えに来よう………例えお前が俺を忘れても……」
――俺は忘れない。お前達と似たシルバーの髪もお前がラズベリーみたいな色だと言った瞳も今では血を吸ったように真っ赤に変わってしまったとしても
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「父上、父上はいますか?」扉をノックすることなく執務室に入ってきた息子に目を見張る。
「どうした、ローレンス。何事だ!」
走ってきたのか息が切れ次の言葉が出てこず、呼吸を整えていく。
「父上、それがアイリーネ嬢が地下牢に移動させられて、様子を見に行こうとしても兵士に邪魔され行けないんです!」
「なんだと!?誰が命じた!アベル!」
「すぐに調べます」アベルは執務室を後にし情報収集に向かおうとするがローレンスが引き留める。
「近づいてはダメです!」
「何故だ、ローレンス?」
ローレンスはためらいながらも父である国王に訪ねた。
「父上は黒い霧を見た事がありますか?」
「黒い霧?」
「はい、近頃兄上の近くにいるマリア・テイラーという令嬢が持つペンダントから黒い霧が発生するのです」
「黒い霧か……」
ローレンスは王を真っ直ぐな視線で見つめ自身の考えを伝える。
「父上、私は過去の王家の歴史書を読み返しました。そこで200年前にも黒い霧が発生したとされてます」
「200年前といえばエイデンブルグ帝国が突如として歴史から消えたあたりだな?」
「はい、イルバンディ様の怒りをかったとされてます。同じ頃我が国でも黒い霧が発生し疫病が流行り沢山の人が犠牲になったとされてます」
「その令嬢が黒い霧を作り出しているのか?」
「令嬢がといいますかペンダントから出ていました。黒い霧に触れるとみんな令嬢のいう事に逆らえないみたいです」
「200年前と関係があるのか?」
「そこまではわかりませんが、光魔法が使える者と神聖力が高い者のみ黒い霧を認識できたみたいです。今回、私は黒い霧に触れても大丈夫でした。父上やアベルはもしかしたら………」
「…………アベル、教皇と話しがしたい」
「かしこまりました」
アベルはすぐに教皇を訪ねるも大聖堂での神事があり、王が自ら大聖堂に向かうこととなった。王が城を不在とし事態は大きく変わっていく。
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