第235話 飛行型の魔獣
王都がコンラッドによる襲撃を受けていたすこし前のこと。辺境の地ヴェルナーでは魔獣が襲来していた。
一報を聞いたアイリーネ達は現場に向かうため移動していた。
風を切り走る。想像していたよりも、揺れている。振り落とされてしまうのではないかと思う程の揺れだ。景色を見ている余裕などない、手綱を握りしめるので精一杯。
「アイリーネ様、私に身体を預けてもらっても大丈夫ですよ?絶対に落としたりしませんので安心して下さい」
確かに後ろにイザーク様がいるというだけで安心感がある。それでも慣れない馬上では声を出して返答するのも難しい。アイリーネはコクコクと頷いて返答した。
「………もう少しの辛抱です」
はい、イザーク様。
声に出せないから心の中で呟いた。
魔獣が現れたと聞いて馬車では遠回りになるからと馬での移動を選んだのは自分だ。だから今更怖いだとかお尻が痛いだとか言うわけにはいかないのよ。
自分にそう言い聞かせると背中にイザーク様の気配を感じて再度安堵した。
街を抜けて街道に入る。今回、魔獣が現れたのは街道だ。まだ街中でないだけ被害は少ないのだろうが、そのまま留め置くわけにもいかない。
馬に少し慣れてきたのだろうか、前を向き遠くの空を見つめてみる。空に浮かぶ黒い物体が見える。
「見えて来ましたね……あれが今回現れた魔獣でしょう」
「あれ……が……」
討伐する魔獣の姿にアイリーネは呆然とした。
遠目でも分かる巨大な黒い塊。闇が深くて全貌が分からない。魔獣の正体は分からないならば、弱点も分からない。そうなると攻撃しても特性を活かされないだろう。そもそも普通の魔力による攻撃は効くのだろうか、そんな風に考えていると魔獣と戦う王宮魔術団の姿が見えて来た。
「これ以上は馬が驚いて危険ですのでここで降りましょう」
魔獣とはまだ少し距離があるが、馬は臆病な動物だと聞いたことがある。暴れだせば馬の上にいる私達にも危険が及ぶしなにより馬が怯えては可哀想だ。
私が頷くと同意とみなしたイザークが手綱を引き馬はそれに従って走るのを止め歩んだのち止まった。
「さあ、お手をどうぞ」
素早く馬から降り立ったイザーク様が私に手を差し出し、身体を支えてもらいようやく地面に足をつけた。地面を恋しがるような長い馬上ではなかったが、はやり地面の上がいい、とほんの少しだけ感動した。
そうして、しばらく走った後に王宮魔術団と合流した。10名程の魔術師と7~8名の騎士達は魔獣に向けて魔法を放つ。しかし、その攻撃は残念ながら効いていないようで魔獣は空からその存在感を示している。
「あの魔獣の正体は何なのでしょう?」
「あれは飛行型と呼ばれています!闇に覆われていてその正体は不明です。おそらくドラゴンの類だと思われます」
私の質問に近くにいた騎士が答えてくれた。
魔術師も騎士も絶えず攻撃をしても魔獣には響いていない。しかし、この場に足止めすることは可能なのだろう。魔獣がこの場を離れる様子はない。だからなのだろうか、効果なくとも攻撃を緩めることはないようだ。
「あの、闇を払えば正体が分かるのでしょうか?」
「今まで闇を払った事がありませんので分かりません……そのような能力を持つ者はいませんので。魔獣が飽きて立ち去るまで攻撃するのみでした」
倒すことが出来ずに立ち去るのを待つ。
魔獣を討伐するために存在するこの人達にとって耐え難い屈辱であり、この地に住まう者にとっては恐怖だろう。
私の浄化が効果あるだろうか、いや違う。
浄化してみせる。
アイリーネは深く息を吸い込むと両手を掲げた。
『祈りを捧げます!魔獣を纏う闇を払って!お願い』
アイリーネの両手から白い光が輝き出すと魔獣に向けて放たれた。魔獣は一瞬動きを止めると苦しんでいるのだろうか、抵抗するように暴れ出した。
大きな魔獣だ、大人が余裕で10名はその背に乗れるだろう。その巨体をくねらせて空で暴れるものだから、突風を撒き散らす。近くの木々や小石を巻き込みながらの突風はそれだけで被害がでそうだ。
「おおっ!」
「効いているぞ!もう一息だ!」
「やったぞ!」
「すごい!すごいぞ」
周りの魔術師や騎士から声があがる。
驚きや感嘆、様々な思いはあるようであったが、誰しもが希望に満ちた表情であった。
私は両手を掲げたまま下ろすことなく、光を放ち続ける。どれだけ魔獣が苦しもうと可哀想だと手を緩めることはない。魔獣にしてみれば自分の意思ではないのだから災難かも知れない。けれど、この地に住まう人々の生活を脅かす物を排除しなくてはならないのだ。
「………もう少しだわ……」
徐々に闇が払われていく。魔獣本来の姿が間もなく現れるだろう。
それにしても、思っていたよりも闇が濃い。
通常の浄化以上に神聖力を消耗している。
身体から体力が奪われていくようで、その場になんとか踏ん張って必死で浄化を続けた。それでも、どうなに踏ん張っても消耗に耐えきれず、私の足元がふらついてしまった。
「私がおります、アイリーネ様が倒れることは絶対にありません」
そう言って私を支えてくれるイザーク様に笑顔で頷くと私は懇親の力を振り絞った。
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