第233話 偽物だとしても
コンラッドの周囲を闇が纏う。とても濃い闇でコンラッドの姿を覆い隠して、ユリウス達の視界からその存在を消し去るように思える。
「くそっ!闇の魔力が纏わりついてあいつの姿が見えない」
ユリウスが必死で目を凝らしてもコンラッドの姿を捉えることは出来ない。
「ああ、これでは攻撃することも出来ないな。シリルどうにかならないのか」
アルバートの言葉にシリルは少しムッとした。
「もう。何でもかんでも僕に言えばいいと思っているんでしょう?まあ、出来ちゃうんだけどね」
シリルはニヤリと笑うとコンラッドに向けて手をかざした。
『闇を蹴散らせ、妖精王の祝福を』
呪文の言葉に反応して、シリルのかざした掌から光が現れると、コンラッドに向けて放たれた。
その光を受け、コンラッドに纏わりつく闇は分散されると闇の中からコンラッドが現れる……はずだった。
「えっ!?どうして……」
「バカな!あり得ない!」
目を見開き驚くシリルとアルバート。
信じられないものがそこにはあって、ユリウスも混乱する頭に手を当てると掠れた声で小さく呟いた。
「………リーネ」
ユリウス達の前にコンラッドの姿はなく、代わりに現れたのはヴェルナーにいるはずのアイリーネの姿だった。
自分の目の前にアイリーネがいる。
それだけで笑みが溢れそうだ、アイリーネと離れてからまだ数日しかたっていないのにアイリーネ不足に陥っていたのだから。
「……ちょっと待て。コンラッドは姿を変えれる、そう言っていたよな、ユリウス」
アルバートの言葉にユリウスはハッとした。
「そうだったアル兄様。ジョエルが聖女誘拐の犯人から聞いたとそう言っていた。それに、マリアの家庭教師のジェーンという女はコンラッドと同一人物だと考えてもいいと言っていた……じゃあ、これはリーネじゃないのか?」
ユリウスは改めて目の前のアイリーネを見つめた。
「ユーリ?」
そう言って微笑むアイリーネはどこからどう見ても本物に見える。
着ているワンピースも髪留めも見覚えがある。
声だってアイリーネそのものだ。
ピンクの髪に金色の瞳、この国中を探してもこの色を持つ令嬢はアイリーネしかいない。
微笑んで首を傾げる仕草だって本人にしか見えない。
頭では違うのではないかと疑っていても、感情が追いつきそうにない。久しぶりに出会えたことによる胸の高鳴りを静める事は難しいようだ。
ユーリとユリウスの名を呼びながらアイリーネがこちらへ歩き出す。
「動くな!近づくな、それ以上近づくと攻撃する」
アルバートがそう警告する。
アルバートの声で我に返ったユリウスは、アイリーネに視線を移すと正に歩みを止めた瞬間だった。
だから、アルバートの言葉に納得したのだと、そう考えた。
甘いと言われても、偽物だとしてもリーネが傷つく姿なんて目にしたくない。ただし、向こうが攻撃を仕掛けてくると言うのならば、その時はこちらも反撃せざるおえない。リーネの姿で揺さぶるのが効果的だと思っているなら、悔しいけれどその通りだ。
だから、何とかして元の姿に戻さなくては……。
「シリル、元の姿に戻す方法ってないのか?」
「無茶いわないでよ。他人の、ましては闇の魔力を無効化するなんて誰にも出来っこないよ」
「でも……リーネを傷つけるのは避けたい」
「あれはアイリーネじゃないよ、分かっているだろうユリウス。大人しくしている今がチャンスだよ」
「分かっている……それでもリーネが傷つく姿は見たくない」
俺の考えをくんだのか、シリルはそれ以上何も言わなくなった。
シリルが言うことは正しい。あれは、リーネではない。リーネである可能性はゼロに等しい。
そもそも辺境にいるはずのリーネが王都にいるはずがないのだから。
それでも、万が一……
ユリウスは瞼を閉じて息を深く吐いた。
思い出されるのは今朝見た夢。
傷だらけの一度目のアイリーネ。断罪されてしまった義妹だ。助けることも出来ずあの日までアイリーネがそんな目に遭っているなんて考えてもいなかった。
自分が記憶を封じられていなければ、側を離れていなければ、何度後悔したことか。
だから二度目は守ると決めた、結果はどうだ。
二度目だって危険な目に何度もあった、その原因は目の前でリーネを真似ている奴だ。そこまで分かっているのに、どうしてもふんぎりがつかない。
「止まれと言っただろう!」
アルバートがそう言うと同時に風の魔力をアイリーネに向けて放った。
「キャッ――」
風の魔力は刃のようにアイリーネに襲いかかると、バランスを崩して地面に座りこむ。腕から血が流れ出し、悲しそうな顔でこちらを見ている。
どう見ても本当に怪我をしている。
アルバートの攻撃によるものだ。
ユリウスは血の気が引いた顔をしながら、フラリとアイリーネに歩み寄ろうとしていた。
「リーネ!」
「近寄ったらダメだってば、ユリウス。あれはアイリーネじゃない」
「分かってる、だけど――」
「いや、お前は分かってない。今の内に倒さなければ後々厄介な事になる。お前が攻撃出来ないのなら、俺がやる。お前は下がっていろ」
シリルが俺にしがみつき、全力で止める。
体格的にはシリルの方が小さいが、それでも大人と変わらないシリルの全力では俺の動きが封じ込められる。
リーネを救わなくては、それ以外考えられない。
「シリル!退けよ」
「イヤだ!退かない!しっかりしてよ、ユリウス。アイツはアイリーネじゃない、似ても似つかないだろう?」
「……分かってる、ちゃんと分かってる。でも――」
「ユリウス!」
俺とシリルの推し問答にアル兄様は警戒を緩めずに、リーネを睨みつけている。
リーネはこちらを見つめている、と思ったら不適な笑みを浮かべていた。
――やっぱり違った、リーネはあんな顔で笑ったりしない。
攻撃される――そう身構えた時、悲鳴をあげたのは他ではない、リーネの偽物だった。
白く輝く光が偽物のリーネを包むと耐えられないとばかりに悲鳴をあげていた。
一体どこから光はやって来たのだ、とシリルやアル兄様も周囲を見渡す。
そして見つけたある人物。防御壁の中側にその人物はいた。本来ならば城の中にいる人物。
俺の目に映ったのは、手を掲げて立っていた、ローレンスの姿だった。
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