第232話 対峙
王城までの道のりは、予想通り誰もいない。
人の気配だけではなく、生き物の存在も感じない。
現実味がない、夢かと問われれば、それは違う。
そよぐ風が現実だと告げていた。
敢えて馬車ではなく自らの足で歩んでいく。
風を感じ前に進む。
まるで、神聖な儀式に挑むような逸る気持ちに口元が緩む。
「ははっ、神聖だと?」
最も憎むべきものだ、そのはずなのに比喩とはいえ、こんな思いをするだなんて。
「馬鹿げているが、まあ、いいだろう」
それだけ気分か高揚しているという事だろうと、そう結論付けた。
そうして歩き続けた後、ようやく見えて来た王城への入り口、襟を正し目を細める。
「……防御壁か」
魔力のない者には見えない防御壁もこの男、コンラッドの瞳にはくっきりと見えている。
半透明の膜のように王城全体を包み込み、コンラッドの行く道を遮っている。
例え頑丈な防御壁があろうが関係ない。
壊れるまで攻撃するのみ、長い年月をかけて蓄えてきた闇の魔力はまだ余裕がある。
コンラッドは王城を見上げた。
ここまでの道のりは長かった、例え二度目であっても簡単にいく、そう思っていた。
一度目同様にあのマリアという女を使い愛し子を断罪するはずだった。しかし、蓋を開けて見ればどうだ、テイラー家にマリアの姿はなく公女として生まれてきた。人というのは本質だけではなく育った環境によってこうも変わるものなのか、思い通りに育たなかった。
エイデンブルグのように愛し子が断罪され妖精王自ら国を滅ぼすという、当初の計画は狂ってしまったが、仕方あるまい。
コンラッドは掌に意識を集中させて力を込めた。闇の魔力が掌で黒い塊となり力を帯びていく。
「そこまでだ!止まれ!」
声と同時にコンラッドの足元に刃のような氷が数本突き刺さり、コンラッドは思わず後退した。視線で声の主を探すと正面に予想通りの人物が姿を現した。
「一人でやって来るなんて、随分と自信があるんだね」
「やっと顔が拝めるというわけか」
正面の他、左右から声が聞こえると合計三人の人物に囲まれることとなった。
三方向からの人物に予想していた事とはいえ、コンラッドは苛立ちを募らせる。そして、自分の行く道を塞ぐ一人のシルバーの髪の男を睨みつける。
「この先は通さない、誰であってもだ」
シルバーの髪の男、ユリウスもまたコンラッドを睨みつけた。ユリウスと共に行動するのはシリル、アルバートで、二人もそれぞれコンラッドに厳しい視線をぶつける。
ユリウスはコンラッドを眺めた。
想像よりも地味で目立たない、黒い髪に茶色の瞳、顔立ちも平凡である。普通の人にしか見えない、しかし相手は長い年月生きているのだから、もはや普通の人間ではないだろう。それにコンラッドは姿を変えれる。だとすれば、これも本来の姿ではないのかも知れないな。
――考えても意味がない。じゃあ、始めるとするか。
先に攻撃を仕掛けたのはユリウス。
コンラッドに向けて矢のように氷を放つ。
すかさずコンラッドは闇の魔力で反撃し、闇の魔力を矢のように放つと、相殺されて氷も闇も砕かれて粉々になると地面に落ちた。
「どこを見ている?」
その言葉にハッとしたコンラッドが声の主であるアルバートを見つめると、アルバートは口角を上げて笑った。無詠唱で掌に魔力を集中させると、刃のような風がコンラッドを襲う。コンラッドは舌打ちをすると、闇の魔力を盾にしてアルバートの攻撃を防ぐ。
ユリウスとアルバートが攻撃を仕掛け、コンラッドは防御にまわる。時折攻撃を仕掛けるもシリルが防御にまわり、ユリウス達に届くことはなかった
「何だ?もう終わりか?お前の実力はそんなものなのか?」
――思っていたよりも手応えがない。もっと強くて恐ろしい、そう思っていた。こんなヤツのせいで姉様もアイリーネも断罪されてしまったのか?
始めはその存在さえ気付かなった、二人の死に何らかの思惑が隠されているなど考えてもいかなかった。
ユリウスにとってコンラッドは得体の知れない、恐ろしい存在だった。
だけど、蓋を開けてみるとどうだろう。
人数的に有利であるのに違いないが、勝てない相手ではないとそう思える。
「アル兄様、一気に畳み掛けよう!」
「ああ、分かった」
一方のコンラッドは自身の能力は攻撃向きではないと気づいていた。それでも、狂いに狂った計画だが強引に推し進めれば何とかなると、そう思っていた。しかし、ユリウス達の執拗な攻撃に正攻法では無理だとそう感じ始めていた。
「フハハッ」
突如としてコンラッドが笑い出した。
不気味なコンラッドの笑い声にユリウスは眉をひそめる。
「何がおかしい!?」
「急に笑い出すなんて気持ち悪いよー!」
「二人共、油断するなよ」
ユリウス達が警戒する中、コンラッドは狂ったように笑い続ける。
「初めからこうしていれば良かった」
コンラッドの発する声に反応するように、周囲が闇の色に染められて視界が悪くなっていく。
「これは、何だ?」
「見えないよー」
「二人共、無闇に動きまわるんじゃないぞ」
「「分かってるよ」」
ユリウス達は視界の悪い中、お互いの存在を確認しながらコンラッドの行動を注意深く監視する。
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