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断罪された妖精の愛し子に二度目の人生を  作者: 森永 詩


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第230話 これは悪夢だから

 ヴェルナーに向かったリーネに変わった様子はないと聞いている。だとすれば、これは俺だけに起きている。きっと俺の方が参っている、そういうことだろう。


 リーネと離れるのは自分が思っている以上に堪えたのだろうか、それとも何者によって闇の魔力の影響を受けているのだろうか。


 俺を見下ろす双眸に光はみえない。打ちのめされて絶望しているのだろうか、はたまた俺を恨んでいるのだろうか。



『どうして私を助けてくれないのですか?』


「すまない、リーネ。いや、アイリーネ」


 俺を見下ろしているのは、リーネではなくアイリーネ。一度目のアイリーネ。

 断罪されたあの日を思い出させる風貌で俺を見つめている。

 アイリーネの髪は不揃いで短く、着ている服はボロ布。入浴することもままならないから、髪には艶はなく、肌も薄汚れている。


『どうして私を信じてくれなかったの?どうして私を見捨てたの?』


「何度謝っても許されないと思う、それでも言わせてくれ。こんな結末は望んでいなかった」


『………』


 これはただの夢だ。俺だってそんなことは分かっている。アイリーネが断罪された時、俺達は会話など交わしていない。民衆を掻き分けてたどり着いた時には断頭台の刃は下りてしまった。目の前でおきた惨劇は生涯忘れることはないだろう。


 そしてこの悪夢の結末も決まっている。

 どれだけ手を伸ばしても、アイリーネには届かない。魔力を行使しても止められない。

 悪夢から目覚めるといつも額にびっしりと汗を掻き飛び起きる。ああ、夢だ。夢で良かったとため息をつく。この一連の流れが俺がリーネと離れてからの日常だ。だから、今日もそうなのだろう……



『でも……もう、そんな事はどうでもいいです』

 目の前のアイリーネがクスリと笑った。



 ん?今、笑ったのか?断頭台を前にして笑うだなんて、いつもと違う。


「リ、リーネ?いや、アイリーネ?」


 俺が動揺している内にアイリーネの姿が変化する。

 短く不揃いな髪は腰まで伸びて艶があり、ボロ布だった服は真っ白なドレスへ、汚れていた肌は磨かれ薄く化粧を施されている。


『だって、私にはユリウスお義兄様でなくとも素敵な男性がいますもの』

 そう言ったアイリーネの側には見慣れたクリーミィなブロンドのシリルが反対側には長い髪を一つに束ねた甘いマスクのエルネストがそして後ろに控えているのは赤髪のアルバートだ。

 両手をシリルとエルネスト、それぞれの手に添えていて微笑む姿はさながら逆ハーレムのようだ。



「え、え、え?意味分かんない、何で!?」


 本当に意味が分からない。これはただの夢だ、悪夢なんだ。だから、リーネが俺以外の手を取るなんて現実でおきるはずはない、だから落ち着け俺。

 そう、自分に言い聞かせても目の前で笑い合う男女から目が離せない。胸がチクチクと痛む、ちょっとだけ泣きそうだ。


 そうこうしている内にスポットライトのように一人の男性に照明があたる。ライトの光に照らされて漆黒の髪が艶めいており、澄んだ青の瞳が優しく見つめる先にはアイリーネがいた。そして男が両手を広げれば待ってましたとばかりにアイリーネが駆け寄った。



「………イザーク」

 

 イザークは喜びを隠す様子もなく愛おしそうにアイリーネを見つめている。アイリーネもまた同じような表情で端から見れば愛し合っている二人と捉えられるだろう。



「いや、これは夢だから!現実じゃない!そんなはずあるわけない!!」


 大声で叫んだ俺をうるさいと言うようにアイリーネがジロリと見た。そんな目で見てもただ可愛いだけだと、心の中で思ったら虫けらを見るように睨まれた。

 ショック、ショックすぎる……

 夢だと分かっていても悲しくて涙が出そうだ。



『邪魔しないで下さいね。お義兄様はもう……いりません』


「えっ……?リーネ……」


 さようなら、とひらひら手を振ってイザークと共に遠ざかって行くアイリーネを追いかけようとするも、足が動かない。


「何で?この足!動けよ!」


 そう命じてもユリウスの足は一向に動く気配がない。

 ユリウスがモタモタしている間にアイリーネの姿は見えなくなってしまった。


「そんな……」


 ユリウスは膝から崩れ落ち項垂れた。

 ユリウスの瞳には地面しか映らない、しかし脳裏にはアイリーネの立ち去る姿が焼き付いて、嫌な汗が流れ出していた。


「えっ?夢で合ってるよね?現実?いやいや、あり得ない!マリアには悪夢ぐらいなんて簡単に言ってたけど、これはキツイ、辛すぎる。あ、でも初めの断罪部分と合わせると二倍辛い……だからマリアよりも辛いはず……」



「――ユリウス」

「ん?」

「――ユリウス、起きて……」


 何だよ、誰だ俺を呼ぶのは。

 俺は考える事が多くて忙しいんだよ。


 そうは言っても声は止みそうになく、それどころか肩を掴まれて揺さぶり始めた。


 ハッと意識が浮上して、人の気配のする方を目を凝らして見る。


「やっと起きたー、あのね……ちょっと、痛っ!ユリウス髪の毛引っ張るの止めてよ!」

「悪いシリル……シリルのせいじゃないけど腹が立って、つい……」


 悪夢に出て来ただけだから、シリルが悪いわけじゃないけれどそのフワフワの髪を見てたら無性に腹が立った。

 シリルにしてみれば意味がわからないのだろう、唇を尖らしている。ごめんな、シリル。

読んでいただきありがとうございます

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