第22話 最後の誕生日
その日はアイリーネの15歳の誕生日であった。10歳までのアイリーネの誕生日は同じ年頃の貴族令嬢や令息を招き豪華なパーティを開いていた。自分が公爵令嬢ではないと知ってからのアイリーネは公爵に豪華なパーティはしないでほしいとお願いしていた。実子ではないので遠慮もあり、マリアの噂により貴族社会でのアイリーネの評判は悪く友達と呼べるものもいなかった。
「アイリーネ、誕生日おめでとう」
朝食を食べ終わったタイミングで義父がプレゼントを手渡渡してきた。夕食に間に合う様に帰ってはくるつもりだがね、と義父は付け加えた。大きなパーティではないが家族と時にはイザークとシリルを交えアイリーネの誕生日を祝ってもらっていた。
「ありがとうございます、お義父様」
義父は毎年欠かさずにプレゼントを渡してくれる。カロリーネと私からだよと渡してくれるが義母がプレゼントを選んでいないとアイリーネは知っている。義母は家出をしたあの日からアイリーネをいない者として扱い会話することもない。
そうそうと義父はアイリーネの手のひらにリボンが掛けられた箱を置く。これは?と不思議に思い義父の顔を見る。
「これはユリウスからだよ。この間偶然に城で会ってね、アイリーネに渡してほしいと頼まれたんだ」
「本当ですか?お義兄さまからの手紙の返事が途絶えていたので忙しいのではないかと思っていたのです!」
「………そう。途絶えてたのか……」
小さな違和感だった。ユリウスは自分が返事を出さないのでアイリーネの手紙も来なくなった、だからプレゼントを直接渡してほしいと頼まれていた。
「アイリーネも今はもうユリウスに手紙を書いていないのだろう?」
「……いえ、月に数回は出しているのですが……忙しいでしょうし、それに辺境だと届くのに時間もかかりますし」
「そうだね……」
最近の郵送事情は辺境の地であっても届かないことなどない。公爵は一つの仮説を立ててみた。手紙自体は存在していても、もし人の手が加われば当事者に届かない。そもそも投函していなければ配達もされない。考えられる人物は妻のカロリーネだが……まさかそこまでと妻を見る。この瞬間で半信半疑が確信に変わった。妻は見たことないほど醜悪な顔で笑っていた。
「カロリーネ……君はなんてことを……」
名を呼ばれ肩を揺らすも特に気にする様子もなく会話する。
「………あなた、時間ですわよ。遅れてしまいますわよ?」
「……帰ってから、話し合おう」
カロリーネの肩をつかみポンと叩くと公爵は馬車に乗り仕事場である王宮に向かっていった。アイリーネも義父の後に続き食堂を出て自室へ向かう。
まず義父のプレゼントを開けて見る。義父は女の子の気持ちが分からないといいながらも今年はショールだった。レースが施されたショールだった。素敵だわと肩に掛け満足するとユリウスのプレゼントが気になった。
「見て、ポポ」
ユリウスからもらったプレゼントを手に満面の笑みをみせる。銀のリボンがかかった箱を開けると中には花と蔦をモチーフにした繊細な銀細工の髪止めが入っていた。とても綺麗でアイリーネはすぐに髪留めを気に入った。箱の中にはメッセージカードも添えられていて「誕生日おめでとう」の一文だけだが、ユリウスの直筆を見るのは久しぶりでそれだけで頬が緩む。早速ユリウスにお礼の手紙を書きあげる。
「ねぇ、ポポ。素敵でしょ?」
アイリーネは両手で大事に髪留めを持ち、書き終えた手紙を見つめていた。返事がなく不思議に思いポポを見ると小さく屈み震えていた。
「ポポ、どうしたの?大丈夫?」
アイリーネは髪留めを机に置き、ポポを撫でる。ポポが今まさにおこるであろう出来事に震えていた。シリルが言っていた最悪のシナリオ……ポポは正直アイリーネさえ無事ならそれでいいと思っていた。だからすべて捨てて逃げようと言いたい、でもアイリーネはおそらく望まない。それでもと意を決した瞬間、扉の向こう側が騒がしくなる。
扉が壊れそうなほどの勢いで開けられ、赤い服の騎士がなだれ込んできた。赤い服は王太子の近衛騎士であり王太子の命令で動いているのだろう、彼らはアイリーネを取り囲みこう告げた。
「アイリーネ・ヴァールブルクだな。王太子殿下を暗殺を計画した疑いでご同行願おう」
驚いたアイリーネが反論できぬ間に両腕をつかまれて無理矢理に連行される。抵抗しようと腕を動かすも更に強く掴まれた。
「離して下さい!何かの間違いです!私はそんな事しません!」
チッと舌打ちをした一人の騎士が苛つきを隠さずに言い放った。
「証拠もあるんですよ!侍女が持ってきた毒薬の入った瓶がね!」
「毒薬!?侍女って!?」
ちょうど玄関ホールに差し掛かり近衛騎士は沢山の使用人を見ながら「あの侍女ですよ」とマリーを指差した。指を差されたマリーは青ざめ膝から崩れ落ちるとひれ伏した。
「マリー、どうして!マリー私そんな事してないわ!!」
マリーは名を呼ばれても伏せたままでアイリーネの問いに答えることはなかった。騒ぎを聞きつけ公爵夫人である義母が何事だと近衛騎士に詰め寄ると騎士達はアイリーネにかけられた容疑を説明する。
「私はそんな事しません!お義母さま―」
アイリーネが無実を主張して義母に助けを求めるも、パァンと乾いた音が響き頬に痛みを感じた。アイリーネは痛みと驚きで声も出ず、騎士達もその場に立ち尽くす。静寂を破り義母が怒りをあらわにする。
「お前なんで生まれてきたのが間違いなのよ!顔も見たくない!早く連れて行きなさい!!」
騎士達は役目を思い出したように、大粒の涙を流しているアイリーネを引っ張り用意していた粗末な馬車に乗せると王城へと連れ去っていく。
ポポは遅れずに馬車に乗り込むとアイリーネの肩に乗り赤く腫れてきた左の頬を優しく撫でた。アイリーネにはポポに声をかける余裕もなくショックや不安と絶望といった様々な感情で支配され自身のスカートをギュッと握りしめた。王城に至るまでの道のりを絶えず涙を流し無力な自分が本当に愛し子であるのかと疑問が芽生え初めた。共感覚で痛みが伴ったポポはそっと自分の頬に手を添える。アイリーネから流れてくる感情に耐えながら馬車は王城へ進んで行った。
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