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断罪された妖精の愛し子に二度目の人生を  作者: 森永 詩


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第228話 ホットワインとジョエル

 夜が更けアイリーネ達が寝静まった頃、イザークは辺境伯の応接室にいた。イザークの隣にはリオンヌ、向かいのソファには辺境伯親子、斜め横の一人掛けのソファにはジョエルが座っていた。



「ホットワインです、いかがですかな?」


「ありがとうございます、いただきます」


 辺境伯はそう言うとホットワインの入ったグラスを差し出した。リオンヌはグラスを受け取り口に含む。



「ああ、美味しいですね。シナモンですか?」


「はい、そうです。王都でこのようにワインを温めることなどないでしょう?」

 そう言いながら辺境伯は侍女からグラスを受け取るとイザークに手渡す。


 イザークは辺境伯の問に頷きながらホットワインを口に含んだ。

 グラスに浮かぶオレンジとスパイスの香りが広がり鼻孔をくすぐる。思わず懐かしいと口元を緩めた。


 そうだな、この飲み方はアルアリアでは北部のみ。

 エイデンブルグでは全域で好んで飲まれていた。

 例え肉体が変わろうと記憶がある限り、味覚もまた変わらないのだろうか。今世で初めて飲んだこのホットワインも懐かしいと想うのだなと、イザークは再度グラスに唇をつけた。


 温められたワインを嗜んで、応接室に言葉は聞こえない。




「静かすぎると思うのですが、いかがでしょうか?嵐の前の静けさでなければいいのですが……」

「父上……確かにおかしいです。今まではある程度の頻度で魔獣の襲撃が大なり小なりにありました。それが王女殿下一行が辺境へ来られたタイミングでピタリと止んだのですよ?我々の中には王女殿下と愛し子に魔獣も怖気づいたのだろうと言う者もいるのですよ?ですが嫌な予感がします。こちらから先制するのもアリかと魔獣の住処を捜索していますが、まだ見つかっていません」


 応接室の静けさを破ったのは辺境伯親子で、特にダグラスは魔獣の行動に疑問を呈した。そもそも魔獣の行動に意味などあるのかと問われれば正解に言えばないのだろう。それでも、ヴェルナー領に現れる魔獣に関しては何かしらの意図や意味があるのではないかと思えるような行動であった。魔獣が確認され討伐に向かうと戦いとなる、その後ある程度すると魔獣達は撤退するのだ。討伐も出来ないがこちらに大きな被害もでない。そんな日が続いた。そしてダグラスの考えを肯定するようにアイリーネ達が王都からやって来た日より魔獣による襲撃がない。



「うーん、こうなるとやはり狙いは王都ですかね」

 ジョエルはそう言うとホットワインをちびちびと飲む。お酒が得意ではないジョエルだが王都に住む彼にとって寒さは辛い、そのため温めるためだと嗜んでいるのだ。


 部屋中からジョエルに視線が突き刺さる。

 ジョエルはコテンと首を傾げ、薄紫の髪が揺れた。



「まだ、実際に王都に魔獣が現れたわけではないですが、おそらく現れるでしょう?」

「またあなたはそんな事を……縁起でもない。その口を閉じなさい」

「ですが……可能性は高い!」

 リオンヌにたしなめられても両手を掲げて芝居じみたように叫んだ。

 その仕草にリオンヌはじろりと睨む。


「あなた……酔ってますね?」

「えっ?ホットワインですよ?」

「彼は下戸なのです。ホットワインでも酔ったのですしょう」


「酔ってません!おそらく敵は様子を見ているのでしょう!今回、ゲートが使用されました、移動に時間はかかりません。だとしたら自分ならば同時に攻撃しますね、どちらを選び、どちらを犠牲にするのか――悪い奴の考えそうな事ですよ……」


 ジョエルは赤い顔でそう言い切った。

 

「自分は酔っていないと酔っ払いはみなそう言います。イザーク、部屋に送り届けてくれますか?」

「はい、分かりました」

 イザークはジョエルを支え退室して行った。

 ジョエルも抵抗する様子はないが、酔っていないと退室してからも声が聞こえている。


「「………」」

 コホンとリオンヌは咳払いを一つした。

 


「しかし、ジョエルの言うこともあながち間違っていないなかも知れませんね」

「と言うと、リオンヌ様も同じような考えですか?」

 リオンヌは軽く頷く。


 辺境伯は眉をひそめ、グラスを手にする。


「でしたら、巡回場所を増やした方が良さそうですな」

「いえ、部隊を増やすのは止めた方がよろしいかと」

「おや?何故です?」

「襲撃場所が一つとは限りませんし、ある程度の人数がいなければ討伐出来ないでしょう。おそらく今度は途中で撤退するつもりもないでしょうし、こちらも撤退させてもらえない」

 リオンヌの言葉に目を見開いた辺境伯に向けて、リオンヌは微笑む。


「私が戦闘について語るのは意外ですか?」


 辺境伯はハッとすると軽く頭を下げた。

「申し訳ない、そうですね正直意外でした」


「……戦闘については亡き父から教わりましたし、私には守らなければいけない者があるのです」


「……それは私にもあります」

「父上……」

「では、お互いの健闘を祈りましょう」


 リオンヌがグラスを掲げるて、辺境伯親子がそれにならう。こうして夜は更けていった。



読んでいただきありがとうございます

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