第227話 ポポの想い
クリスマスイブですね、メリークリスマス
その日の夜、辺境伯邸にある来客用の食堂で夕食をとる。来客用なので私達やお父様、イザーク様やジョエル様も一緒、王女であるポポも本人の希望もあり同じ席についている。王族である以上毒見や食事の管理も必要で別室に用意するという方法もあるのだけど、ポポ本人が食堂での食事を望んだのだ。
ポポ曰く怖いのは毒よりも人だ、と言っていた。
遠い目をしたポポの目が宝石眼のように見える。
私の宝石眼の妖精はもう存在しないはずなのに……
そう言えばいくら辺境伯邸の食堂が広いとはいえ、王都からやって来た全員がこちらの食堂に入れるわけではない。疑問はお父様に尋ねてみた。
この来客用の食堂とは別にヴェルナー騎士団の使用している食堂もあり、王都からやって来た魔術師や騎士はそちらを利用していると、お父様が答えてくれた。
給仕により目の前に食事が並べられた。
肉の煮込み、まだ寒いこの地域だから体が温まるだろう。
「これは私が仕留めた鹿の煮込みです!」
ダグラス様が自身の胸を叩きながら人の良さそうな笑顔で話す。
「そうなのですね」
「美味しそうですね」
みんなが歓声をあげる中、私の頭の中は会議室にある鹿の剥製が浮かんでいた。立派な角でこちらを見つめているように見えた鹿の剥製……。
………なんとも言えない気持ちとなる。
「アイリーネ?食べないの?」
「いえ、いただきます」
ポポが不思議そうな顔でこちらを見ながら尋ねる。
ナイフを使い切り分けてフォークに刺さる肉を眺める。
ええい、と思い切って口に運んだお肉は柔らかく美味しかった。実際に姿を想像したから抵抗があったけど、どのお肉だってお魚だってみんな生きていたのですものね。
アイリーネは一人で納得すると小さく頷いた。
「アイリーネ……」
「どうかしました?コーデリア様」
名を呼ばれて隣を見ると、ポポは食事の手を止めて俯いていた。
「ジミー……あの子に言ったことを前から考えていたの。どうしてみんな必要以上に愛し子に期待するのかなってずっと考えていたの。民を幸せにするのも国を守るのも国王の仕事でしょ?アイリーネの仕事じゃない」
「……愛し子は妖精王に愛されている、だから私に期待するのではないでしょうか?愛されているならば、妖精王が手を貸してくださると……」
「そんな!妖精王は人に関わらない……違うわね、関わってはいけない」
「みんな知らないのだと思います……」
一般的に妖精王について詳しくは語られない。
教会の見習いですら詳しい事は知らないのだろう。
言っはいけないという誓約があるわけでは無い。
魔力も神聖力も元を正せば妖精王であり、妖精王を敬う気持ち信仰することで恩恵があると習う。
特に神聖力を使用する時は祈りを捧げることで術を発動する事ができる。
それから、自然界……木も水も火も光も、すべて妖精王が存在するためだと教わる、そのため魔力も神聖力も持たない人も妖精王に祈りを捧げて信仰する。
だけど、妖精王については何も語られない。
妖精王の姿は絵画や石像に多く存在する、誰もが目にしたことがあるだろう。対して妖精王のエピソードは多くない。愛し子という存在にエイデンブルグ、あまりにもその印象が強く、だからこそ私は畏敬であり畏怖なのだ。
「アイリーネ……確かに妖精王はあなたを想っているわ、だけどそんなあなただって……」
ポポはフォークを持つ手を固く握り目に涙を浮かべている。
ポポの言いたい事はおそらく一度目の事。
だけど私に一度目の記憶がないと思っているポポは言えないのだろう。
「何でずっと見ているだけしか出来ないのだろう、側にいたのに何も出来なくて……苦しくて……情けなくて……自分の存在が無意味に思えて……最悪な結末へと分かっていたのに変えられなくて……」
そこまで話したポポはハッとした、今のアイリーネに言うことではなかったと我に返った。
「コーデリア様……いえ、ポポ。時には側に誰かが居てくれる、それだけで人は強くあれるのですよ?」
「何もしなくても?」
アイリーネはコクリと頷いた。
「誰かが側に居てくれると孤独ではないと知るでしょう。その存在があれば頑張ろう、前に進もうときっと思えるはずです。どれだけ歩む道が険しくて破滅に進んで行くとしても……その存在が親友ならばなおのこと」
「……アイリーネ?もしかしてあなた……?」
ポポが驚いて目を見開きこちらを見つめるから、アイリーネは微笑みながら頷いた。
ポポは手にしていたフォークを机の上に捨てアイリーネに飛びついた。
「王女殿下どうなさいました?」
「王女殿下?」
「コーデリア様?」
ポポは皆が心配して声をかける中、返答することなくアイリーネに抱きついたまま泣いている。
「ごめんさい、あなたを守れなくて。あなたの為の存在だったのに酷い目にあわせた、ただ記録するしか出来なかったの、助けられなかった」
大粒の涙を流し泣いているポポは謝罪の言葉を繰り返す。
ポポのせいではない、ちゃんと分かっている。
一度目の私だってきっと分かっている、抗いようがなかったのだから。
「泣かないでポポ……ポポが泣くと私も悲しくなるから」
そう言ったアイリーネの目にも涙か浮かぶ。
夕食の席という人目がある場所で、ポポと二人で抱き合いながら泣いた。みんなきっと何事だと驚いているでしょう?それでもポポを慰めながらも流れてくる自分の涙を止めることは出来なかった。
ポポと分かち合えたのが嬉して、一度目の私を思い出すと悲しくて、二度目の私が恵まれていることに感謝し、しばらくの間、私の涙は止まらなかった。
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