第225話 守る側
辺境伯の住む館は王都にあるアルアリア城よりも小さいものの立派で重厚な建物であった。寒い地方のため部屋の中は暖炉で暖められている。
会議室に人が集まってきた。数はさほど多くない。
元々、知り合いであった者は談笑しながら、そうでない者は互いに挨拶を交わしながら席についていく。
会議室に入った時、すぐに目についたのが壁に掛けられている鹿の剥製だ。立派な角が存在感をアピールしている。そして気のせいだと思うのだが、目が合うのだ。私をじっと見つめているようで思わず目を伏せる。………いけない、そんな事を気にしている場合ではないのだから。
そうして私は前を見つめた。
「では、皆様集められたようですので、始めさせていただきます」
辺境伯であるエドモン・ヴェルナーがそう告げた。
会議室を見渡すと王都から来た人が多い。元々この地にいた人物はすでに状況を把握している。その為、辺境伯領の人でこの会議に参加しているのは辺境伯親子とヴェルナー騎士団の団長、現地に派遣されている王宮魔術団の責任者のみだ。
「すでにお聞きになっていると思いますがアジロという村が魔獣に襲われて壊滅状態となりました。この村は山間部にあり発見が遅れたと思われます」
「壊滅状態とのことですが被害はどうなってますか?陛下からは村一つが消えたとお聞きしましたが」
辺境伯の説明のあとジョエル様が被害状況を確認する。
「今は過疎の村となっておりまして、空き家を除くと実際に住んでいる家は10軒ほど、人数にしまして20名ですね」
「………20名全員が犠牲になったのですね」
ジョエル様が渋い顔で項垂れた。
「いえ、それが一人ではありますが、生き残りがいたのです」
「「えっ?」」
私を含めてみんなが息を呑んだ。
壊滅状態の村で唯一の生き残り、どのようにして生き残ったのだろうか。剣や魔術が得意なのだろうか、それとも走るのが得意で逃げることが出来たとか、もしくは敵の罠という可能性もあるのだろうか。
けれども辺境伯の言葉は以外な人物を述べた。
「それが生き残ったのは5歳の子供なのです」
「子供が一人で?そんな事があるのでしょうか」
お父様も難しい顔をしながら考え込む。
確かに子供が一人で生き残ったのには何か理由がある、そう考えるのが妥当だろう。
「……その子供は自身の影を利用して上手く隠れていたようです。そのため魔獣の襲撃から逃れられたのでしょう」
「自身の影?という事はその子供は闇の魔力を持っているのでしょうか?この地域に闇の魔力を持つ者の登録はありませんよね」
今度はジョエル様が問う。
「……両親もその子の兄もすでに亡くなりましたので詳しい事は分かりませんが、どうやら今回の魔獣の衝撃により闇の魔力に目覚めたようです。そのまま放っておけば闇の魔力の暴走が考えられたので今は監視下においています」
重い空気が会議に流れた。
もし、今回魔獣の襲撃がなかったならその子供は闇の魔力に目覚めることもなく、家族と共に暮らしていただろう。それを突然奪われたのだ。それに、何より人の命が奪われている、この地域で生活していれば魔獣に遭遇する事もあるかも知れない、だけど今回のは違う。何者かが仕向けたのだ、そうでなければ通常と違う魔獣、闇の魔力が多い魔獣が存在するはずはないのだから。
「……許せない」
「アイリーネ……」
自分でも気付かない内に私は両手を握りしめて、そう呟いていた。
それにもし今回の魔獣の襲撃を私達をおびき寄せるための罠、そのための手段として使ったのなら……
考えるだけでも吐き気がしそう、人の命を何だと思っているのだろうか。
「今現在、魔獣の居場所はどうなっているのでしょうか?」
静まり返った会議室の中にジョエル様の凛とした声が響いた。
「現在は戦闘中の部隊はありません。魔獣の居場所に関してですが、生息地が不明なのです。急に現れて破壊行為を終えると去っていくのです」
「……それは闇の魔力を使っているのでしょう」
「やはり、そう思われますか」
「ええ、間違いありません」
闇の魔力に関してはジョエル様以上の知識を持つ者はいない。そのジョエル様が言い切ったのだから、そうなのだろう。闇の魔力は昔から忌み嫌われていたから、その特性は詳しく分かっていない。研究する者の数が少なかったのだ、それでもここ最近は色々と分かった事もある。神聖力のように多種多様。
ここで疑問が生まれた、神聖力の能力は通常使用出来る種類は1から2種類。では闇の魔力はどうなのだろう。
「あのジョエル様、闇の魔力の能力には種類といいますか、一人の人が使える能力に限度はあるのでしょうか?」
「そうですね……例えば記憶を操る能力、影を操る能力など大まかに分かれていると思います。ですが、闇の魔力に関しては能力の種類というよりも魔力の多さですね。魔力が多い程、幅が広がる。中には闇の魔力を持つ魔導具を利用して魔力を補っている者もいるみたいです」
「ですが、それだとその者の肉体は保たないのではないですか?」
お父様の問にジョエル様は静かに頷いた。
そこまでして、自分を犠牲にしてまで何を成し遂げたいのだろうか。私には分からない、理解出来ない。
分かち合えないのならば、戦うしかないのだろう。
これ以上犠牲がでるのは嫌だ、魔獣だけではなく人間と戦う事になるかも知れない、覚悟を決めなくてはならないのだ。
隣にいるイザーク様を見上げると視線が合う。
「大丈夫ですよ、アイリーネ様の事は私がお守りしますので心配いりません」
そう言ってイザーク様は私を励ますように微笑む。
守られたい理由ではない、私も守る側になりたいのだ。愛し子だと特別な能力だと言うのなら、私もこの手でみんなを守りたい。
「……イザーク様、私もみんなを守りたいのです。私の能力を最大限に生かしみんなを守りたい……。だから、そのために力を貸して下さい」
いつもより強い眼差しでイザーク様を見つめる、イザーク様は私の言葉に驚いたのか軽く目を見開いた。
それから微笑み頷いた。
「分かりました、どうぞ存分にお使い下さい」
イザーク様らしい物言いに思わず笑ってしまう、会議室を見渡すと誰もが同じだと頷いている。
みんなの力を合わせれば、きっと上手くいく、そう信じて会議室を後にした。
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