第224話 辺境伯親子
「嘘でしょう……どこからどう見ても熊おじさんじゃない。あれで20歳ですって?……」
ポポは信じられないといった顔で遠くを見つめている。分かるわ、だって私もそう思ったもの。
「コーデリア様、聞こえますよ」
「だって本当のことでしょう?」
お父様に注意されたポポはプイと横を向く。
「おお、その御髪は王女殿下に愛し子様ですね。ようこそヴェルナーへ。まだこの地は冷えますので中にお入り下さい。私の事はダグラスとお呼び下さい」
ダグラス様はそう大きな声で話すと大きい肢体を揺らしながらこちらに近づいて来た。
近づいてその大きさが改めて分かる、上を見上げすぎて首が痛くなりそうだ。それから確かに老けて見えたが皺がない張りのある皮膚は20歳だと言われても納得できた。シャツを捲ると覗く腕はとても太く鍛えているのが一目で分かる。
「あっ、そうか……失礼します」
じっと、私を見下ろしていたダグラス様はそう言って私の前で膝をついたと思ったら、急に景色が反転して見えた。
「あ、あれ?」
どうなったのかしら?
すぐに状況が分からずに困惑していると揺れを感じる。
もしかして、ダグラス様に抱えられている?
それも荷物のように肩に抱えられているの?
突然なにがおこったの?
誘拐……いや、それはないか。
この体勢はお腹が圧迫される、それに目線も高くなり揺れて少しだけ怖い。
「ちょっと!待ちなさい熊!アイリーネを下ろしなさい!」
ポポが両手を広げてダグラス様の前に立ち塞がった。ポポの声に呆然としていたお父様とイザーク様も声をあげる。
「あの、ダグラス卿。アイリーネを下ろしていただけませんか?」
「……アイリーネ様」
突然の行動に驚くけれど、ダグラス様に悪意があるように見えない。だから、お父様達も強く言えないのだろう。
心配してこちらを見上げているお父様達をダグラス様は不思議そうに首を傾げている。
そして、満面の笑みになると大きく頷いた。
「安心して下さい。子供の扱いには慣れていますのでお任せ下さい!」
とても大きな声だ。
慣れている?荷物みたいに抱えられているのに、すでに安心できないのだが……。
その後、ポポを見ると再びうんうんと頷き、不意にしゃがみ込み、私と反対側の肩にポポを担ぎ上げた。
「きゃあ、ちょっと何よ、この熊め!早くおろしなさい!」
ポポは必死に逃れようとダグラス様の背を叩いているが当のダグラス様は笑っている。
「王女殿下は元気がいいですね〜。そのような小さな手で叩かれても痛くも痒くもないですよー」
はははと、大きな口を開けてダグラス様は笑った。
ダグラス様の目的は分からないけれど建物の中を目指しているようだ。ダグラス様に抱えられた私とポポを追いかけてくるお父様達。他の者から見ても異様な光景が広がっていると自らも思うけど、どうする事も出来ないでいた。
周りが慌ただしくなり、建物の中から数名の男性がこちらに向かってくる。服装を見る限り王都から一緒にやって来た者ではなく、辺境伯領の人間だろう。先頭を歩く男性はどことなく誰かに似ている。
「ダグラスー!!お前という奴は!王女殿下と愛し子様を今すぐおろしなさい!!」
「父上ー、そんなに怖い顔をしてどうされたのですか?王女殿下と愛し子様が怯えてしまうではないですか?」
「どうしたではない!お前のしているのは不敬だぞ!いいから早くおろせ!」
「不敬?領地の子供達は喜んでくれますよ?それに雪解けで地面が泥濘んでいるでしょう?キレイな靴が汚れてはいけないと思いまして……」
「ぐだぐだ言わずに早くしないか!」
辺境伯の怒りに納得出来ないといった顔のダグラス様は渋々といった風に私とポポを地面に下ろした。
「まさかの親切心だったの?ちょっと子熊!抱きかかえるなら肩ではなく縦抱きか横抱きでしょう?荷物の様に抱えられて喜ぶレディがいると思うの?」
「えっ?領地の子供達は喜んでくれるのですがねー」
「いい加減にしないか無礼だぞ、ダグラス。申し訳ありません王女殿下」
辺境伯はダグラス様の頭を押さえつけて下げると自らも頭を垂れた。
ポポに熊と言われても反応がないダグラス様、気づいていないのかしら。見た目はダグラス様の方が辺境伯よりも大きいのに、子息だから子熊?そう考えたら可笑しくなってきたけど、みんな真剣な顔をしているから笑うわけにもいかず、堪える。
それから滞在中に過ごす部屋に案内される。
今回の討伐には王宮魔術師が10名、王宮騎士が15名、聖女が8名。そして、私達。元々王宮魔術団はすでに増員されていたので合わせるとかなりの数である。
辺境伯の屋敷は城のように大きいがそれでも部屋の数が足りずに別邸や辺境伯領の騎士の寮を利用することになった。ちなみにポポの希望で私とポポは同じ部屋となった。
ひとまず荷物を整理して、一段落すると討伐の状況を把握するために辺境伯から話を聞くことになった。
読んでいただきありがとうございます




