第221話 招かれていない客
まだ早朝のため王城では人の姿がまだらである。
ユリウスはシリルと共に城にある一室を訪れていた。この部屋の住人は早朝から押し寄せた招いていない客に思考を停止したように呆然とした。
それでもジョエルは何とか問いかける。
「なんですか?あなた達は……まだ早朝ですよ」
「おはよう!ジョエル」
「ええ、シリル様おはようございます……ではなく」
「早朝なのは分かってる、でもどうしても頼みたい事があるんだ」
「ユリウス様、あなたまで……」
二人の切実そうな様子にジョエルは諦めたようにため息をついた。
「それで一体どんなご用ですか?」
乱れた薄紫の髪を無理矢理に一つに束ねたジョエルは眠気覚ましのコーヒーを口に含む。
ユリウス達の前にも同じ物が用意されるが、甘党のシリルは一口飲むと渋い顔をしている。
朝早く叩き起こされのだ、これぐらいの仕返しは許されるだろうとジョエルはニヤリと笑うと再びコーヒーを飲んだ。
「実はカルバンティエ様に会いたいんだよ」
「――ブブッ」
シリルの予想外の発言にジョエルは思わずコーヒーを吹き出してしまった。
「ジョエル、汚いよー」
「誰のせいですか?」
お気に入りの白い部屋着がコーヒー色に染まり台無しだとジョエルはそっとため息をつく。
「ジョエルいやジョエル先輩、どうしても直接お願いしたい事があるんだ。だからカルバンティエ様に会わせて欲しい」
「後輩ではありますが、今はプライベートですのでジョエルで結構ですよ。それをなぜ私に言うのでしょうか……私はただの王宮魔術師ですよ」
気を取り直したジョエルは探るようユリウス達を見つめた。
それに対してシリルは首を傾げる。
「だってジョエルは"闇の魔力を持つ少年”だったでしょう?だったらカルバンティエ様の事を尋ねるならジョエルしかないでしょ?」
「………どうして私が闇の魔力を持つ少年だと思うのですか?あれはただの絵本に過ぎませんよ」
「どうしてと言われると困るんだけど、僕には分かるんだよね。魂というか、その人の本質が分かるんだよ」
「……これだから元人外は厄介なのですよ」
苦虫を潰したようなジョエルの顔に反してシリルはきょとんとしている。
「闇の魔力を持つ少年と妖精」テヘカーリで今なお多くの子供達に読まれている童話。
久しぶりに聞いた本のタイトルにジョエルは思わず目を細めた。
ジョエルは昔を懐かしんでいた。
前世、人生を終えるその瞬間まで友と呼べる人物と過ごした日々が懐かしい。
国を追われ新たな地を求めて自分達の居場所を自らの手で作り出した、それも今では遥か遠い昔の話だ。
「………私は人外であった事はありませんよ?魔力が多くとも人の粋は超えてませんからね」
「そうかな?僕とそう変わらないと思うけど。あのカルバンティエ様の本体と長い時間を共にしても体に異常なかったのでしょう」
「……それでも一応、人間です。そんな話よりもなぜ彼に会いたいのか話ていただけますか?」
シリルはユリウスに目で合図すると二人は意思を通わせように頷きあった。
「実は辺境の地に愛し子であるリーネの派遣が決まったんだ、その話は聞いてるだろう?」
「ええ、派遣メンバーはまだ調整中と聞いていますが……」
「最終調整はしているけど……俺もシリルも王都に残ることになっている」
ジョエルは顎に手を当てて考えを巡らせた。
「それは……王都にも危機が訪れると言う事ですね?」
ユリウスは無言で頷く。
少し考えれば分かることだ。ただ辺境を救いに行くだけなら、戦力を王都に多く残す必要はない。
王城には防御壁か常に展開されていてある程度までの魔法攻撃も物理攻撃も防げるようになっている。
「陛下に説明されてその時は一応了承したんだ。だけどこのままリーネと離れてしまったら自分の知らない所でまた断罪でもされるんじゃないかと不安でたまらなくなってきた。一度目で久しぶりに会ったリーネは断頭台の上だった……」
ユリウスが言葉を詰まらせる。
「不安なのは断罪だけですか?この間のように中身が別人になる……そんな事も考えたのではないですか」
ジョエルの指摘にユリウスは肩を揺らした。
「それも……ある。だけど優先するべきはリーネの身の安全だ。とにかく、リーネを危ない目に遭わせないようにカルバンティエ様に護衛をお願いしたい」
「なるほど……分かりました。それでは私から連絡を取ってみましょう」
「「ありがとう!ジョエル!」」
二人はジョエルの返答に笑顔となった。
これでカルバンティエが辺境へ同行してくれれば言う事はない。闇の魔力についてカルバンティエ以上優れた者はいない。彼自身が闇の魔力そのものと言っても過言ではないのだから。
ジョエルにお礼を言ったユリウスとシリルは来た時と同様に慌ただしく城を後にした。
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