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断罪された妖精の愛し子に二度目の人生を  作者: 森永 詩


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第220話 宵闇の訪問者

 昼は穏やかな春の陽射しも夜になると小雨となり肌寒い、夕食も入浴も済ませあとは床に入るだけ、そんな時にユーリが突然尋ねて来た。

 婚約してからユーリはこのように遅い時間に尋ねて来ることはなかった。世間一般で言われている婚約者としての距離を保つためだ。アルアリアは保守的な国だ、婚前に一つ屋根の下で過ごす事は推奨されない。それが分かっているからこそユーリは徹底して守っていた、だけど今日だけは違うようだ。

 居間に案内されたユーリは自身の体が冷えているのにも気づかない程、何かに怯えているように見えた。



「さあ、飲んで下さい、温まりますよ?」

「うん、ありがとうリーネ」

 

 ユーリがティーカップを持ち上げて口に運ぶのを見ると私は少しホッとした。

 最初に見た時よりも顔色が戻ってきた。それでもいつもより顔色は悪く紫紺の瞳は色濃く仄暗く見える。

 それに、ユーリはいつもより口数が少ない。最低限の言葉しか話さない。

 お父様やシリルにイザーク様も何も言わない、壁にかかる時計の時を刻む音がやけに大きく聞こえる。



「ユリウス、僕の部屋に行こうか。アイリーネはもう休んだ方がいいよ、明日は教会に行く日でしょう?」

「えっ?でも………」


 ユーリが気になって眠れる気がしない。

 それに……ユーリは俯いたままで視線を合わせることもない、こんな状態のユーリを放っておけない。



「あのね、ユリウスは今の姿をアイリーネには見せたくないと思うんだよ」

 シリルが私の耳元で囁く。

 

「どうして?」

 うーん、とシリルは困った顔して眉を下げる。


「弱っている姿を好きな人に見せたい人なんていると思う?」

「それは……でもだったら好きな人の様子がいつもと違うのに知らん顔なんて出来ないでしょ」

「それでも……だよ」

 シリルはそう言うと私の目の前に手をかざした。


 シリルの行動を静止しようとしたけれど、一歩遅かった。結果、私は急な眠りに襲われて夢の中へ誘われる。誰かが私を抱き上げる、この香りはイザーク様だ。そこで私の意識は途切れてしまったから、その後どうなったかは分からない。





 シリルの部屋にはソファの上で膝を抱えたままのユリウスがいる。アイリーネを運び終えたイザークもユリウスの向かいのソファへと座った。


「……それで何があったの」

「……うん」

 促されたユリウスはポツリポツリと話始めた。



「辺境への同行を許されなかったんだ。納得出来なくて直接陛下に会いに行った。陛下は辺境よりもむしろ危ないのは王都じゃないかと思っているようだった」

「アイリーネを王都から引き離してその間に王都を壊滅状態にしようと企んでいるんじゃないか、って陛下は考えているんでしょ」

「うん、そう。陛下に説得されて自分なりに納得したはずなのに、時間が立つにつれて不安になった」


 ユリウスは自分の両手を色が変わるほど強く握る。


「一度目のリーネを思い出したんだ。無残な姿で断頭台に上がるリーネが……リーネが成長して断罪された姿に近づいているからなのか、長く離れてしまったら俺の知らない所でリーネが断罪されてしまう気がして不安でしょうがない。そんなはずないのに、一度目とは明らかに違う道を歩んでいる、そう分かっているのにリーネの無事をこの目で確かめなければ気が済まなくなって……」

「ユリウス……」

「悪かったな、シリル。イザークも」

「別に謝る必要なんてないよ」

「ええ、そうですよユリウス様」


――参ったな、これは予想以上だ。

 シリルにしては珍しく眉をひそめた。


 シリルは俯き動かないユリウスに驚きを隠せない。


 ユリウスがここまで取り乱すなんて。

 陛下は今回の辺境での魔獣の件は罠の可能性が高いと思っている。それも本命は王都、愛し子が辺境に出向いていて王都が壊滅すれば、その怒りは誰に向かう?答えは簡単、その怒りは愛し子であるアイリーネに向かう。なぜ自分達を見捨てたのだと非難を浴びるだろう。それならば辺境に行かなければどうだろうか、それはそれで辺境を見捨てたと非難される。

 だからこそ、今回は移動の時間を短縮するためゲートを使用する。主戦力の半分を王都に残しておく必要もある、そう陛下に聞かされたからユリウスだって納得したはず。それでも自分の心は偽れなかったという事なのか……。


 アイリーネを守りきれる絶対的な存在。

 イザークだってそうだろう、けれどそれ以上の存在。そんな人物がいるだろうか。


「あっ、いた!」


 急に大きな声を出したシリルに二人は驚き、立ち上がったシリルを仰ぎ見た。



「あの人がアイリーネを守ってくれるならユリウスも不安も軽減するんじゃないかな?」

「あの人?」

 シリルの言う人物に心当たりがないユリウスは首を傾げた。


「だから、あの人だよ――」

 そう言って名を告げたシリルは得意気に胸をはる。


「確かに安心はするけど気まぐれな人だからどうかな?」

「普段はどこでどうされているのか分からないですよね?」


「大丈夫!僕に心当たりがある」

 そう言ってシリルはある人物を思い浮かべる。



「きっと大丈夫、上手くいくはず」

 シリルが言うだけでそう思えるから不思議だ。



「………今日ここに来て良かったよ、おやすみ」

 シリルの部屋のソファに横になると、人の気配が安心するのかウトウトとしてきた。


 一人でいると悪い方にばかり考えてしまい、余計に不安になる。今までこの家は俺の居場所だったからこんなにも落ち着くのだろうか。

 

 そう思いながらユリウスは目を閉じ、気がつけば翌朝を迎えていた。


読んでいただきありがとうございます

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