第218話 陛下のお願い
毎年行われている王家主催の園遊会であるが、私にとっては久しぶりの参加となる。前に参加した時は温室に入り体調を崩した。よくよく考えてみるとあの温室は一度目の私がマリアによって足を怪我した場所、記憶はなくとも私の体は反応していた。
今回も温室は避けた方がいいだろう、温室を遠目に見ながら通り過ぎる。
会場はデイドレス、ローブ・モンタントが主流となり大きな帽子の女性が目立つ。私もその中の一人だ。
ユーリは忙しく途中合流となるので今はイザーク様と二人。今日はリオーネ姉妹のエミーリアも会場に来られるそうでお会い出来ればいいな。
妹のエミーリエ様は王宮魔術団の恋人を追って辺境で過ごしていると聞いた。最近、魔獣が増え王宮魔術団の人員を辺境に増やしたそうで、王都からも異動があった。貴族令嬢としてはエミーリエ様の行動は驚く事なのだがご家族はあの子らしいと笑っておられたのが印象的だわ。
あれ?あの人は……
こちらに向かって真っ直ぐに歩いてくる、イザーク様とよく似た姿、アベル様だった。イザーク様が年齢を重ねればこうなるだろう、と思う程よく似ている。
アベル様はいつも陛下の側にいるはずなのだけど、近くに陛下の姿はない。
「アイリーネ様、お久しぶりでございます。園遊会が始まる前に陛下がアイリーネ様とお話がしたいと言われているのですがよろしいでしょうか」
「えっ?私とですか?」
陛下が私に話があるだなんて心当たりがまったくないのだけれど。
そんな風に考えているとアベル様の視線から私を隠すようにイザーク様が前に立つ。
「父上?どのようなお話でしょうか?アイリーネ様に無理難題を言うためではないですよね」
「イザーク……私ではなく陛下の御言葉だぞ。……陛下がアイリーネ様に何かを命令する事はない。ただ直接お話をされたいそうだ」
「………アイリーネ様どうされますか?お嫌でしたら断っても構わないと思いますが」
イザーク様は振り返り私を見つめた。
「えっ?イザーク様、陛下の呼び出しなら伺わないといけませんよね」
「いいえ、王家と言えども愛し子に命令は出来ません。そうですよね、父上」
「それは……そうだが……」
そんな話、初めて知ったわ。
愛し子と言ってもアルアリアの国民である以上、王家には忠誠を誓うものだと思っていたけれど……
自分が思っているよりも私は愛し子の事を知らないのかも知れない。
特に断る理由もない、アベル様だって困ってらっしゃる、だけどイザーク様は眉をひそめている。
「イザーク様、私お伺いしようと思います。よろしいですか?」
「……アイリーネ様が決められたのならば、私は従います」
私は笑顔で頷く。
アベル様の案内で執務室を目指す。
前を歩くアベル様と後ろを歩くイザーク様、どちらの表情も分からないけど、イザーク様は警戒しているのは分かる。イザーク様が警戒する何か大変な事でもおきているのだろうか。そう考えると陛下の元に向かうのが少しだけ怖い。
「呼び出して悪かったね」
「いいえ、お久しぶりです陛下」
陛下の執務室に案内されるとソファに案内される。
陛下も園遊会に参加されるため夜会ほどではないが正装だ。
緊張していたけど話が始まると大半は最近起きた出来事でマリアのペンダントを浄化した時の話だ。報告は陛下にしているけれど詳しく聞きたかったのかしらという印象だわ。
「厄介な事件ばかりだな……最近、辺境の地でも魔獣が増えてきているのは聞いているか?」
「はい、王都からも王宮魔術団を増員したと聞きました」
「それがな……状況が良くない……魔獣は元々闇属性なのだが、闇がいつもより濃いのだ」
「闇が濃いですか?」
陛下は深刻そうに頷いた。
「通常、魔力がない者は魔獣が闇属性を帯びているなど見えないのだが、今辺境で問題の魔獣は濃い闇属性を帯びているのが誰にでも見えるそうだ。優秀な王宮魔術団であっても苦戦しておる。そこでだな――」
「お待ち下さい陛下!まさかアイリーネ様を辺境に送られるのではないですよね」
「イザーク!陛下の言葉を遮って不敬だ」
急に険悪な雰囲気になって困惑してしまう。
陛下は魔獣であっても闇属性の濃い魔獣は浄化出来ると考えているのかしら、だから私に辺境に行って欲しいと願っているのね。
「陛下、もし私の浄化の能力が必要ならば……」
「アイリーネ様!あなたは辺境がどれだけ危険か分かっていない。あなたばかりが危ない目に遭う必要はないのです!それに父上、陛下は命令しないのではなかったのですか!?」
イザーク様が私に言い含めるように話す。
イザーク様が私の両肩をきつく掴み少し痛いくらいだ、それくらい危ないというのだろう。
そうだとしても私以外に出来ないのならば私は私の役目を果たすのみ。
「イザーク……アイリーネの肩が痛そうだぞ」
陛下の言葉に今気づいたとばかりにイザーク様の顔色が悪くなった。
「申し訳ありません、アイリーネ様」
私は首を振って大丈夫だと答える。
「アイリーネ……命令はしない、これはお願いだ。断るのは自由だ、本当は成人にも満たない者に頼むことでもない。だが……急を要す……小さな村で人口は少ないとはいえ、村が一つ消えた……」
陛下の言葉に私とイザーク様は息を呑んだ。
それ程辺境の地が追い詰められている状況なら行くべきだろう、それに辺境にはエミーリエ様がいる、エミーリエ様も危ないのではないだろうか。怖くないと言えば嘘になるけど行かないと絶対後悔するわ。
「陛下……私行きます」
「アイリーネ様……アイリーネ様がそう決めたのなら私は従うまでです。ですが陛下、これが罠の可能性もありますよね。アイリーネ様を誘い出し王都を狙う可能性もある」
陛下は静かに頷いた
「イザークの言う通りだ。今回は移動にゲートを使う」
「ゲート?あのエイデンブルク崩壊の時に妖精が使用したゲートですか?」
「すぐにでも使用出来るように商人アーレが準備を進めている」
「……商人アーレ、アバラリアン商会ですね」
そう言うとイザーク様は黙ってしまった。
アバラリアン商会は何でも揃うで最近話題の商会よね?ゲートまで準備するなんて本当に何でも揃うのね。どうやって準備したのかしら、気になるわ。
ゲートがあれば辺境まで一瞬で行ける、往復にかかる時間は必要ないって事ね。
「ゲートを使えば愛し子が王都不在の状況をなるべく少なく出来る。戦力も考えおる、だからイザーク納得してくれないか?」
「………分かりました。もちろん私はアイリーネ様と一緒に辺境に参ります」
「ああ、分かっておる。ただし、ユリウスには残ってもらいたい」
「それは……納得されるでしょうか」
「ユリウスも正式に王宮魔術団に入職したのだから今までのようにはいかないと分かっているだろうが……」
「……そうでしょうか?」
イザーク様は苦笑い。
今までのユーリなら納得しない、だけどユーリは王宮魔術団に就職したのだから仕事を投げ出すはずはない……よね?
勢いよく扉がノックされ、陛下が許可を出す前に扉が開けられた。
「リーネ!こんな所にいた」
ホッとしたような顔のユーリだった。
陛下を初め私達は王宮魔術団に入ってもユーリはユーリだ、と悟った。
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