第216話 久しぶりのティータイム
――また失敗した
遮光カーテンを引き薄暗い部屋の中で怒りに震えている男がいた。少し前までジェーンという女の姿をしていたのだが、今は元々の男に戻っている。男の名はコンラッド・テイラー、今はこの名で通っている。それまでにも名は色々あったのだが、正直覚えていない。誰の記憶にも残らないのだから、覚えている必要はないだろう。これがコンラッドの言い分だ。しかし、今回のコンラッドと言う名には思い入れがある。テイラーという姓には思い入れはないのだが、コンラッドという名は自分がこの世に生を受けてから初めての名であった。
コンラッドは知らぬ内に最初の名を使用しているのは偶然だと笑いながらも心中は穏やかではない。
気持ちを紛らすようにワイングラスを手に取り口付ける。まろやかな味わいに満足して、ふと見たワインボトルに眉をひそめた。
ボトルに書かれた産地はヴァールブルクであった。
「なぜ、上手くいかない?一度目は面白い程上手くいったのに。……それに愛し子自ら攻撃だと?」
攻撃というわりにはコンラッドは怪我一つ負っていないのだが、それでもコンラッドが作り出した世界は一瞬にして壊されてしまったのだ。
今まで妖精王は決して愛し子に攻撃という能力を与えることはなかった。今回は例外中の例外。
妖精王はそれだけこのアルアリアを存続させたい、そういう事なのだろう。
コンラッドはニヤリと笑った。
「今回で決着をつけたいのなら、お望み通りいたしましょう。ああ、妖精王は直接手は出せないのでしたね。最後に残るのはどちらか指をくわえて見てるがいい」
そう言うとコンラッドはワイングラスに再び口付けた。
♢ ♢ ♢
翌日、マーカスから連絡が入りマリアは無事に目覚めたらしい。壊れたペンダントを目にして泣いて喜んでいたそうなので、よっぽど悪夢が辛かったのだろう。
久しぶりに庭に出てユーリ達とティータイムを過ごす。それぞれ忙しいからと皆揃うのは久しぶりだ。
陽射しも暖かくなり外で過ごすにはいい季節だ。
用意された焼き菓子を食べながらユーリがしみじみと話す。
「まあ、無事に終えてよかったよ。もし、マリアを悪夢から開放できていなかったら、母上から何を言われるか……」
ユーリの言葉で、そうか、その可能性もあったのかと今さらながら思った。私に出来る事ならばと思って引き受けたけれど、成功するとは限らない。もし失敗していたならば公爵夫人から拗られていただろう。最悪マリアに何かあったならと思うと想像するだけでも怖い。実際、私一人の力では難しかった、ただ浄化の能力を使えば終わりではなかったから。あの時、カルバンティエ様が間に入ってくれなかったら、危なかったかも知れない。
「カルバンティエ様……ありがとうございます」
足元の太った猫に声をかけても猫は素知らぬ顔。
今はただの猫だから私が言った意味も分からないのだろう。庭にいた蝶を追いかけて駆けていった。
「時間を止める能力か……厄介だね」
そう言うシリルの顔は険しい。
「何か対策とか出来ないのか?シリル」
「出来るならとっくにしてるよ、ユリウス。だけど、まったく方法が無いわけじゃない」
「本当か?シリル」
「シリル様、何をすればいいのですか!?」
ユーリとイザーク様かシリルに詰め寄った。
「もう、近い、近いよ!」
シリルにそう言われて二人はシリルから一定の距離をとる。
「悪いなシリル」
「申し訳ありません、シリル様」
「まあ、気持ちは分かるけどね」
シリルは口を尖らせながらも同意を口にする。
「あのね、相手がどんな能力を持っていようと結局は闇の能力なんだよ」
シリルの言葉の意味が分からずに私もユーリもイザーク様も首を傾げた。
「でも闇に囚われているわけではなくて、初めから闇の魔力を持つのだから、浄化は効果ないでしょう?」
元々闇の魔力を持つ者は浄化では効果ない、あの時ジェーンもそう言っていた。だから、魔獣にも浄化は効果ない。
「うん、効果あるのは光だね」
「光?光が効果あるのか?」
「そうだよ、ユリウス。水属性が雷に弱いように他の属性にも弱点はあるでしょ?それで同じで闇は光に弱い」
「じゃあ、光は?光に弱点はあるのか?」
「弱点はないけれど光を持つには資格がいるからね。光の魔力に相応しくない行動をとれば魔力は消える」
「そうだったな……だからこそ数が少ない」
「うん、今現在で王都にいるのはローレンスだけだね」
「具体的にはどうすればいいのですか?シリル様」
今までユーリとシリルの話を聞いていたイザーク様が具体策を促した。
「そうだな……例えば光の魔力を魔石に入れて持ち歩くとか?周りの時が止まっても関係なく動けると思うよ」
「他にはあるのか?シリル」
「うーん……ねぇ、アイリーネ。カルバンティエ様は影響を受けていない、動いていたんでしょ?」
シリルが私に問うと皆の視線が私に集中した。
そんなに見られると緊張するじゃない、と言える空気ではない。
「そ、そうよ。まだ皆動いていなかったけど、カルバンティエ様は関係なく動けていたわ」
「じゃあ、もしかしたら同じ闇の魔力も影響されないのかも知れない」
「本当か?シリル」
「これはあくまで仮説だから確実じゃない。ジョエルならもっと詳しく分かるかも知れないよ」
「じゃあ、近々ジョエルに会いに行くか。それからローレンスにも頼まないといけないな」
「昨日の事は父に報告済みですので、陛下にも伝わっているはずですので、陛下からローレンス様に伝えていただいた方がよろしいでしょう。ローレンス様はまだ未成年ですので保護者の許可も必要でしょう」
「そうだな……リーネ、もう一人にさせないからな」
「ユーリ……」
ユーリの真剣な眼差しにユーリから目を離せない。
ユーリの声が私の中に届いて染み渡り安堵していく。一人は怖かったもの、何とか対策がとれそうで良かったわ。
そんな時、風のイタズラのように吹くとユーリの髪が乱れる。例え乱されてもユーリの気品は損なわれない。それどころか、乱された髪が色気を醸し出させる。
寝起きのユーリもこんな感じなのだろうかと想像してしまう。
「リーネ?」
「な、何でもないです!」
声を掛けられてハッとした。
「そう?」
慌てて誤魔化してユーリは気づいてないけれど、シリルがニヤニヤと笑っているから、恥ずかしくて俯いた。
シリルが余計な事をいいませんようにと、ティータイムが早く終わればいいと願った。
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