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断罪された妖精の愛し子に二度目の人生を  作者: 森永 詩


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第215話 普通の猫

「凄い雷だな〜」

 そう言って窓を眺めているユーリが目に入り、ユーリの元に駆け出すとその胸元に飛びついた。



「ユーリ!」

「リーネ?」

 突然現れた形となり驚いてる表情をしているユーリは小刻みに震えている私を抱きとめてくれた。

 ユーリの体温が私の不安を取り除いていく。

 

 カルバンティエ様に術は解けると言われていたけど、それでも無事に時が動き出してよかった。

 もしあのままだったならと考えるだけでもゾッとする。


 それに、時が止まっていたユーリ達に異変はないのだろうか気になった。

「ユーリ、どこか異常はない?お父様は?イザーク様は大丈夫ですか?」

 私は両手をそっとユーリの頬に触れた。


「リーネ、どうしたんだ?」

「アイリーネ?急にどうしたのですか、マリア嬢と一緒にいたのでは……」

「アイリーネ様……」

 三人は困惑の表情を浮かべている。


 そんな三人の様子にホッとする、いつもと変わりなさそうで安心した。

 異常がないと分かると今度は安心して涙が溢れそうになり、アイリーネはすぐに返事を返せない。ユリウス達は不思議に思うが何かがあったのだと察したため、あえて口に出す事なくアイリーネを見守っている。



 そんな中、大きな音を立てながら扉を開くと公爵夫人は悲鳴のような声をあげた。


「マリアー!!しっかりして!目を覚まして!」


 公爵夫人の声でアイリーネは我に返った。


 大変だわ、時が止まった事に気を取られてマリアをそのままにしてしまったわ。

 そうして、マリアのペンダントを浄化出来ていない事に今さらながらに気づいた。ペンダントは今にも闇が溢れそうになっていたもの、マリアは大丈夫かしら。



「マリア!」

 部屋の中に慌てて入ると床に横たわるマリアがいた。力なく床に倒れていた。


「マリア!しっかりして!目を覚まして!」

 公爵夫人が抱きかかえて揺さぶってもマリアは目を開ける気配がない。



「公爵夫人、少し下がっていただけますか?」

 そう言ってお父様はマリアの側から公爵夫人を引き離すとマリアの状態を観察する。

 マリアの脈をとり、呼吸状態を確認していたお父様はマリアを抱き上げベッドへと運んだ。運ばれているマリアをみる限り顔色は悪くない。



「あの……公爵夫人」

「は、はい。マリアはどうなのですか?リオンヌ様」

 

 マリアは大丈夫なの?

 お父様は言いにくそうに伝える。


「それがですね、どうやら眠っているだけのようですよ?脈も呼吸も正常ですし……」

「そんな!だってこんなに呼んでも目を覚まさないなんて……マリア、マリア!」

 確かに耳元で公爵夫人が叫んでも頬を擦ってもマリアは目を開かない。


「今まで悪夢のせいで眠れなかったのだ、心配ないそのうち目が覚めるだろう」


「そ、それならいいのですが……えっ?」

 公爵夫人は聞き覚えのない声に不思議しそうに声の主を探した。そうして、足元の猫と視線が交わった。


「ん?どうした?顔に何かついているのか?」

 声の主はカルバンティエ様だ。

 全員の視線が猫のカルバンティエ様に向かう。


「ね、猫がしゃべってる!?ユリウス!どうしましょう!?幻聴かしら?マーカス!薬を準備してちょうだい」公爵夫人は目を見開き口元に手を当ててワナワナと震えながら立ち上がった。

 

「失礼な夫人だな、猫が話しても良いだろうに」


 カルバンティエ様は寝そべったまま尻尾を左右に振り、退室して行く公爵夫人を欠伸をしながら眺めている。


「……カルバンティエ様、普通の猫は話しません」

「ふむ、そういうものか?」

「ええ、ただでさえ母は精神的に不安定なのですよ。母が薬が手放せなくなったらどうしてくれるのですか?」

「ふむ。……すまぬ」

 ユーリに注意されて猫は項垂れた。


 そうよね、普通は猫が人の言葉を話すなんて事ないもの、驚いても仕方がないわ。

 公爵夫人も聞き間違いだと思ってくれればいいのだけど……。



「そろそろお暇しましょうか?」

「お父様、まだマリアのペンダントを浄化していません」

「そうなのかい?しかしアイリーネ、ペンダントはすでに壊れていてもう役目を果たせそうにないよ」

「えっ?壊れている?」


 ベッドで休むマリアに近づくと、その胸元を見た。

 黒い石は二つに割れて灰色に変色している。バザーの時もそうだった、割れた石は役目を終えたように変色して闇の魔力も消え失せる。

 


「本当だわ、壊れているわ。闇の気配も消えている」


「そなたが術を破った時の光で壊れたのだな」

「カルバンティエ様……」

「浄化の光ではないから壊れたのだろう」

 皆には聞こえないようにカルバンティエ様が小声で話す。新しい能力を秘密にしている事をご存知なのね。

 アイリーネは小さく頷いた。





 オルブライト邸への帰路である馬車の中。


「座り心地が悪い……」

「申し訳ありません」


 不満を言っているカルバンティエ様はイザーク様の膝の上に座っている。猫は太っておりかなりの体重がある、そのため聖騎士であるイザーク様が自らの膝に乗せたのである。



「長時間ではありませんので」

「ふむ」


 イザーク様の言葉に渋々納得したようだ。



「リーネ、マリアの部屋で何があったんだ?」

「それが……マリアと話していたら急に時が止まってしまって、人も雨や雷まで動かなくなったの。それからジェーンと名乗る人が現れて……カルバンティエ様が助けて下さったのよ」

「手こずってしまって遅くなって悪かったね。怖い思いをしただろう?」

「いえ。……少しだけ?」

「リーネ……」


 ユーリ達は黙って俯いている。

 

「カルバンティエ様、俺達に対抗する事は出来ないのですか?」

「闇の魔力に対抗できるのは、光のみだな」

「知らない間に時を止められて何も出来ないだなんて」


 ユーリがため息をつく。

 お父様もイザーク様も表情は険しい。



「対策が何も出来ないわけではない」

「「「本当ですか?」」」

「そうだね……対抗出来るのは光のみだがその光の魔力を魔石に込めてもらうとか……あるいは闇の魔力を持つ者なら干渉されないかも。闇の魔力は他の魔力に比べて多種多様だから何とも言えないかな」


 

 そうだわ、他の属性に比べると闇の魔力は多種多様。影を操る者、精神系の幻覚や記憶操作、それから姿を変えるなど分かる範囲だけでも様々だ。

 そういう面では神聖力と似ているのかも知れないわね。それなのに、片方は崇められ片方は疎まれる、闇の魔力を持つ人が怒るのも分かるわ。だからと言って誰かを傷つける行為は絶対に間違っている。



「明日にでも登城してジョエル様に相談してみます」

「そうですね、リオンヌ様。俺はローレンスに魔石を頼んでみます。今現在、王都にいる光の魔力を持つのはローレンスだけだからな」

「では私はシリル様と情報を共有しておきます」


 イザーク様の膝の上で満足そうに猫が頷いた。



 

 窓の外は雨上がりの夕日が色鮮やに見える。

 明日はきっと晴れるだろう。

 明日も明後日もずっと穏やかな日々が続けばいいのに、そう願うのは我がままだろうか。

 争いが世界から消えてしまえばいいのに、偽善だと言われても平和を望んでいるから。だけど、相手を変えるのは難しい、戦うしかないと言うのならその時は……



 愛着のある屋敷が見えて来た。

 馬車はもうすぐ屋敷に到着する。

 今日は沢山動いたから、お腹が空いて食事が待ち遠しい。今日も皆で囲む食卓は賑やかになるだろう。


 

読んでいただきありがとうございます

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