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断罪された妖精の愛し子に二度目の人生を  作者: 森永 詩


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第213話 影の思惑

誤字報告ありがとうございます

――少し痛みが治まってきた……


 座り込み頭を抱え込んでいたアイリーネは痛みが和らいだことにより顔を上げた。周囲の風景に驚愕して息を呑み大きな目をさらに見開いた。



「こ、これは……いったいどうして……」



 ヴァールブルク公爵の廊下で座り込んでいた、そのはずなのに今アイリーネの瞳に映る風景は違う。

 王都の中心にある広場、見覚えがあるがあるはずのものがない。ここには確か噴水があったはずだ。そう思い辺りを見渡してみる。

 今まで人の気配はなかった、それなのにいつの間にか広場には大勢の人が現れている。そして、その人々が向けている視線の先には自分であり、好意的な視線ではない事に気がついた。



――ここは……どうして皆そんな目で私を見るの?

  怒りや軽蔑といった表情であろうか、見知らぬ人々からそんな視線を受けてアイリーネは戸惑ってしまう。



「思いだしたか?例え忘れていたとしてもお前の心は覚えているだろう?」

 影がアイリーネに告げる。


 影の言葉にそうかこれは一度目かと納得した。


「どうした?恐怖で声もでないのか」


 影はきっと私が一度目を知っているという事実をまだ知らないのだろう。だから私の心を揺さぶろうという事なのだろう。


 アイリーネは影を見つめた。そこに存在する影の正体までは分からないが少なくとも魔獣の類ではなく、人によるものだとそう確信している。影に顔は存在しなくても、口角を上げて笑っている、そんな風に今も感じ取れる。



「こんな事をしても無駄よ」


「無駄だと?お前はもしかしてこれがただの幻だと思っているのか、随分とお目出度い奴だな」


 影は嘲笑うかのような言う。

 それに対してアイリーネはゆっくりと左右に首を振った。



「違うわ、私はすでに今が二度目だと知っている。だからあなたが一度目を思い出させようとしても無駄だと言ったのよ。だってそうでしょ?知っている事実を聞いたところで私の心が壊れるほどの衝撃はないわ」


「な……何?知っているだと?お前の一度目の記憶は封印されていたはずだ。まさか妖精王が自ら解いたというのか……」


 影は動揺しているように見える。

 

「分かったでしょう?だから私を公爵邸に戻し――」


 公爵邸に戻して欲しい、そう言おうとした瞬間に影は声をあげて笑い出した。そして愉快だと言わんばかりに手を叩いて笑っている。


 その様子にアイリーネは眉をひそめた。

 どうやら影は大人しくアイリーネの言い分を聞いてくれそうにない。



「ハハハ、物は考えようと言いますが……お前の記憶が正しくないとしたらどうする?」


「記憶が正しくない?」


「お前が言うところの二度目の記憶が正しくない……即ち、今まさに断罪が行われようとしているならどうだ。そもそも二度目というのがお前の作り出した妄想で断罪を前にして見た夢ならどうする」


「えっ?」


 

 影が芝居のような大振りな仕草でそう言った瞬間にスポットライトのように光がある場所を照らした。

 照らされた先には二組の椅子に座る男女。

 アイリーネの記憶にある姿とさほど変わらないクリストファーと記憶よりも黄色味を帯びたブロンドの髪を持ち大人びたマリアの姿があった。


「クリス様にマリア……?」


 信じられないと驚いて周囲を見渡すと、すぐ側に断頭台があり、その刃は妖しく光っていた。

 そしてアイリーネ自身もボロボロの服を纏っていて髪に触れるとその短さに驚く。さらに両手を見つめると先程までなかったはずの傷が沢山あった。


 そよいでいる風や全身を巡る痛みが幻ではないと告げているようだ。


――それでも……!

 そんなはずないわ、二度目は確かにあった。

 だって悲しい事が一つも無かった楽しい夢ではなかったもの。浄化の力を操るために努力だってした、自分の出生に戸惑いもした、それからただの夢ならお祖父様があんな風に私を庇って亡くなるはずない。


 それに――


 アイリーネは広場に集まる人々の中に見知った人達を見つけた。ユーリにシリル、イザーク様。それからお父様の姿があった。その他大勢と同じように野次を飛ばし、アイリーネが処刑されるのを今か今かと待っている。



「今が一度目で二度目の記憶が偽りだと言うのなら、お父様がここにいるのはおかしいわ。それにシリルやイザーク様との関係は悪くなかった、だからあんな風に周りと同じ反応なんてあり得ないでしょう」


 アイリーネは厳しい視線を影に向けた。


 アイリーネは怒っていた、自分を見縊るなと。

 自分の大切な人達を侮辱するなと。

 こんな茶番には付き合っていられない、そうな風に思っていた。そんな思いを含みながら、影を見る。

 


 影はわなわなと震えだすと、言い放つ。


「だったら、本当にしてしまえばいい。ここで断罪を本物にしてしまえばいい。お前の心がどれだけ耐えられるか見ものだな。時間はたっぷりある、何度だって試してみればいい。例え肉体が死を迎えなくて、痛みや苦しみは感じ取れるだろう?」


 アイリーネは顔色を青く染めた。

 確かに風も全身の痛みも感じる。

 だとすれば、断頭台で処刑される痛みも感覚も感じると言うことだろうか、と身震いする。


 早くこの場から抜け出さなくてはいけないわ。

 

『祈りを捧げます――』

「無駄だ!!」


 アイリーネが浄化の呪文を唱えようとした矢先に影が嘲笑う。


「闇に囚われているわけではないから、浄化など効くはずないだろう」


 そう言って影が手を伸ばそうと瞬間――


「止めて!!」


 そう叫んだアイリーネの体から光が放たれると影を攻撃した。自分の放った光が眩しくて手で遮りながら事の顛末を見届ける。


 影は悲鳴をあげていて、攻撃が効いているようだ。

 

「おのれ――これで終わりではないぞ」


 そう言うと影は消滅していった。



 影が消えると周りの風景がガラガラと音を立てて崩れ始めた。やっぱり作り物だったのね、とアイリーネは安堵する。

 そして見慣れたヴァールブルク公爵邸の廊下だと認識出来ると安堵のあまりその場に座り込んでしまった。


 



読んでいただきありがとうございます

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