第20話 光魔法
「どうしたのですか?大丈夫ですか?」
誰もいなくった温室に声が聞こえる。足音はだんだんと近づくとすぐ側で止まった。アイリーネはゆっくりと視線をあげると上質なシャツとブリーチズに身を包んだ少年がたっている。プラチナブロンドの髪にエメラルドグリーンの瞳、クリストファーとよく似た風貌の少年。
「私はローレンス・アルアリア。あなたは?」
「……私は……アイリーネ・ヴァールブルクと申します」
「――アイリーネ・ヴァールブルク!?」
ローレンス・アルアリアはクリストファーの弟で成人を迎えていないので公の場には姿を見せていない。アイリーネも実際に姿を見たのは初めてであった。マリアの風評によりここ数年のアイリーネは貴族社会ではワガママで傲慢な公爵令嬢とされている。そのためローレンスが自分の名前に対し過剰に反応したためアイリーネは恥ていた。
「………」
「怪我をしているのですか?」
「………はい」
「今の時間、温室ではお茶会を開いていたのでは?」
「はい……」
「今、兄上と令嬢達が出ていきましたよね?」
「――はい」
「怪我をした、あなたをそのままにして?」
「………」
「兄上の様子がいつもと違っていたのですが、何か知っていますか?」
アイリーネは誰にも見えない黒い霧を伝えても信じてはもらえないだろうと静かに首を横に振った。そうですかと顎に指を添えチラリとアイリーネに視線を合わせたローレンスが発した言葉に衝動する。
「もしかして……あなたも黒い霧が見えるのですが?」
「!!」
「やはり……そうでしたか」
今まで黒い霧が見えたのはシリルとシリルの神聖力に影響を受けたイザークの2人だけであった。ローレンスが見えるのならば、神聖力を持っているというのであろうか?
「殿下は神聖力をお持ちなのですか?」
「神聖力?いや、私は……そうか皆には見えないのはそうゆう事ですか……私に神聖力はありません。ただし私は光魔法が使えます。あれは闇魔法に関係があるのでしょう、だから私にも見えたのだと思います」
光魔法は貴重な魔法で現在アルアリアで使えるものは指で数えられる程しかいない。その一人がローレンスであるのだが、第二王子が光魔法を使えるという話しは聞いたことがない。「あっ」と声を出したローレンスは困った顔をし自身の唇に人差し指を立てた。
「この話は内緒ですよ?」
「わかりました……しかし、私が知っても大丈夫なのですか?」
アイリーネにはマリアの流した噂を貴族の多くが信じていると自覚していた。そのためローレンスが秘密だと言う話しを知ってしまってはいけないのではないかと思う。
「大丈夫です。噂は所詮、噂でしょう?」
「!!」
アイリーネの周りには今までシリルとイザーク以外には本当のアイリーネを知ろうとする人はいなかった。噂を信じてはアイリーネに敵意を剝けたり、軽蔑したりしてくる。噂を信じていないその事実が嬉しくて一度は無くなっていた涙が再び溢れてきた。
「あっ、えっと……あ、怪我してましたね、これは骨に異常があるかも……私では抱えるのも……」
大人びた会話をしていたローレンスであったがアイリーネが泣き出すと慌てだした。アイリーネよりも年下の11歳の少年である。
「だ、誰か呼んできます!」ローレンスがその場を立ち去ろうとした時、温室の入り口で足音が聞こえてくる。
「アイリーネ様?」
アイリーネの姿を確認したイザークはこちらへ駆け寄る。アイリーネに近づくとイザークの表情が一変した。失礼しますと声をかけると痛々しい足首に触れる。
「これは、折れているかも知れません。すぐにシリル様の元に向かいましょう」
膝裏に手を差し込むと軽々と抱き上げたイザークは足早に馬車を目指して行く。イザークのきびきびとした仕草にアイリーネの涙もいつの間にか止まっていた。
「あっ、殿下。それでは失礼します」
「ああ、うん」
「殿下?」
イザークは今気付いたとばかりにローレンスを振り返る。頭を下げるとそれではと立ち止まらずに去っていった。馬車の中では傷に響くと言われ横抱きのまま座らされた。アイリーネは恥ずかしいので自分で座りたいと伝えるとも聞き入れられず、イザークに横抱きされたままシリルのいるジャル=ノールド教会に到着した。
「あれ?イザークどうしたの?アイリーネも………」
アイリーネを横抱きしているのをイジッテやろうと思っていたが、アイリーネの足首に気が付きにシリルは慌てた。
「こっちこっち、早く、早く!」
シリルに言われ後に続くと応接室に案内された。
『汝の傷を癒やせ、妖精王の祝福を』
シリルが呪文を唱えると暗赤色に腫れていたアイリーネの足首は何事もなかったかのように元通りに治ってゆく。
「ありがとうございます」
アイリーネが笑顔で礼を伝えると、シリルはよく頑張ったねとアイリーネの頭をなでた。頭をなでられ優しくされると涙が溢れそうになるも泣いてばかりもいられないと、アイリーネは涙をこらえた。
「あれ、我慢したの!偉いね。じゃあ、お茶を入れてあげる
待っててね?」
シリルはそう言うと紅茶を準備するために鼻歌を歌いながら応接室をでていった。
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