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断罪された妖精の愛し子に二度目の人生を  作者: 森永 詩


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第206話 深まる悪夢

 本来ならばこの場は静寂なはずだ。それを破る、招かざる者がいた。天井が高いためか教会の中には女性特有の甲高い声が響いていた。

 騒ぎを聞きつけたシリルはその声の持ち主に既視感を覚える。シリルの記憶によると年末に注文していたタルトを取りに行った際に同じような場面に出くわしたなと半眼となった。

 親子だから行動が似るのだろうか、そう考えていたシリルの元へ声の主は駆け寄ってきた。ブロンドの髪を乱しながら駆け寄る、その行動に子供のマリアはまだしもあなたは大人でしょう公爵夫人と苦言を呈したいけれど、教会を訪れている人達が注目しているので笑顔で対応することにした。



「どうかされたのですか?ヴァールブルク公爵夫人」


「ああ、やっと出会えました!この教会の神官達といったら――」


「それでご要件は?」


 公爵夫人の話が長そうなのでシリルは要件を促した。そうすると公爵夫人は両手を胸の前で組み涙を流しながらシリルに訴えかける。

 夫人の涙にシリルは一瞬ギョッとしたものの、平静を装いながら笑顔を絶やさずに話を聞くことにした。


「お願いします!あの子を――マリアを助けて下さい!」

「マリア嬢を助けるとは……いったいどうしたと言うのですか?」


 ここにきて自分が注目されていることに気づいたのか、夫人は辺りを見渡すとシリルに近づくと小声で嘆願する。


「マリアが悪夢を見ているのです、ほぼ毎日のように。このままではあの子の体が持ちません!どうかお願いします」

「分かりました。では神官に対応して――」

「無理だと言われました!普通の神官では無理だと言われました。それで……その……事を荒立てて申し訳ございません」


 公爵夫人は深々と頭を垂れると謝罪した。



 なるほどね、普通の神官では手に負えないと言われて僕を探していたというわけか。マリアは元々その魂に闇が存在している。そのため普通の者よりも闇に染まりやすい。本人の問題かあるいは外部からの接触によるものか見極める必要がありそうだな。



「分かりました。では、今から公爵家へ伺いましょうか」

「ありがとうございます!!」


 シリルの手を握りしめながら公爵夫人は安堵の涙を流している。

 母とは子のためにこんなにも必死になれるものなのだなとシリルは自身の母を思い浮かべた。

 といっても直接話した事があるのは数えるほどで、遠くから眺めるのも年に一度あるかないか。

 それもシリルに気づくと半狂乱になる姿ばかりが思い出されてシリルの胸はチクチクと小さく傷んだ。

 その光景を頭から追い出すように左右に強く頭を振り気持ちを切り替えると公爵邸へと馬車で向かった。



♢  ♢  ♢


 三階建てのアイボリーの色をした重厚な建物、ヴァールブルク公爵邸が近づいてきた。アイリーネがまだこの屋敷に住んでいる頃はよく訪れていたなと懐かしく思う。あの頃と同じように庭には色鮮やかに花が咲いているし、木々も枝を風に揺らしている。それでも感じた違和感に見慣れた物がないのだと気がついた。


――アルアリア・ローズが……ない。


 あの花は闇を払う。だからこそ陛下はあの花を国中で栽培している。王都の貴族の屋敷にも競うように植えられていて、アルアリア・ローズを見ながらお茶会を開くのがステイタスともなっている。それなのに、どうしてこの屋敷にはないのだろうか。もしかして、敢えてという事なのだろうか……。



「お久しぶりでございます、シリル様」

「ああ、うん。久しぶりマーカス」

「あれ?公爵夫人はどこにいるの?」

「それが……数日徹夜でマリア様を看病されていましたので倒れられてしまったのです。シリル様の案内はこのマーカスがさせていただきますので」


 執事のマーカスに恭しくそう言われて、納得したシリルはマリアの部屋に案内してもらう。

 扉をノックして執事が声をかけるも返事はない。

「中にいらっしゃるはずですが……」そう言ってマーカが不思議そうにしているので、そっと部屋の扉を開けてみた。中はいわゆる女の子の部屋だ。レースのカーテンにぬいぐるみ、フリルのついたクッションという特別変わった様子はない。回帰前のマリアが住んでいた屋敷は統一性がなく悪趣味だったから以外だと思った。

 部屋の中には専属侍女のマリーがいて、シリルの顔を見て驚いているが、当のマリアはマリーの手を握ったままベッドで眠っているようだ。今は眠っていても悪夢によって眠れていないからか目の下の隈は濃くはっきりとしている。



「眠っているの?」

「……はい」

 シリルが小声で尋ねるとマリーも小声で返す。



「はい、昼間の方が眠れるそうです……」



 確かに夜よりも昼の方が闇の魔力の影響を受けにくいのかも知れない、そんな風に考えていると今まで穏やかな寝息を立てていたマリアが苦悶の表情となっていく。うなされ苦しみだしたマリアはまだ目覚める気配はない。

 それならば少し浄化してみようとシリルは試みる。

 手をマリアに向けてかざして呪文を唱えると静電気のような音がなりシリルの呪文を拒絶した。


「何?今のは……」


 シリルの手にも刺激が伝わった。そこに何かがある、そう感じたシリルは掛けてある寝具をめくると目を見開いて驚いた。



「これは!こんな物を着けていたら悪夢を見て当然だよ!」

「着ける?何のことでしょうか……」


 シリルはマリアの胸元で光る黒い石のペンダントを指差して示したが、マリーはわけがわからないといった様子で困惑している。


「まさか……このペンダントが見えないの?」

「ペンダント……?何も見えませんが……」

「……そう」

 


 ペンダントを外そうと試みるが外れそうになく明らかに悪夢の原因はこのペンダントにあるとシリルは予測をたてた。

シリルは黙々と作業のように取り敢えずの応急処置だといって浄化をする。




「アルアリア・ローズを庭に植えて育てて」


 マーカスにそう言い残すとシリルは公爵邸をあとにする。




 帰り道の馬車の中、誰も聞く者いないのにシリルは思わず声に出していた。


「見えないペンダント……僕の浄化が効果が薄いだなんて……相当、闇が濃いのかな?」


 あのペンダントは闇の魔力を帯びていた。黒い石は妖しく光っていて何かを意思表示しているように思えた。


「少し……厄介かも……」


 アイリーネの浄化なら出来るだろう。

 しかし罠の可能性もある、悩んだ末に考えはまとまらず、そうこうしている内にオルブライトの屋敷が見え始めたためシリルはため息と共に帰宅した。





読んでいただきありがとうございました

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