第203話 私だけがではなく、同じ
目覚めてから卒業パーティーの日までは慌ただしい日々が続いている。本格的なパーティーに行くのは初めてで、ドレスや装飾品はユーリが手配してくれているのだが、他にもユーリと同じく卒業する学生の名前や家名を覚えたり、改めてマナーを学び直したりと忙しく過ごしている。普通の令嬢はすでに私の年で終えていると聞き感心してしまった。そんな中でもダンスを本格的に人前で踊ることは初めて苦戦している。
そのため、毎日練習が続いている。大抵はユーリが相手を務めてくれる。ユーリがいない時はシリルや時にはお父様が練習相手になってくれた。
卒業パーティーだから、人も大勢いるだろう。
私がミスをすればパートナーのユーリに迷惑がかかる。そう考えたら身体が硬くなり思うように動かない。更にはユーリと手を握り身体を密着させるので初めの頃は硬直した。
今は練習なので手袋はしていない、そうすると直にユーリの体温を感じる。密着させた身体から感じた熱と香りに私の胸がドキドキする。顔が火照っているから、顔色もきっと赤い。ユーリはそんな私にはふれずに丁寧に教えてくれた。
ユーリの余裕がある態度を見ていると、ドキドキしているのは私だけなのだろうかと疑問に思う。
「どうかしたの?リーネ」
「えっ?――あっ」
急に声をかけられたからバランスを崩して転びそうになった。
「わっ――危ない!」
ユーリが支えてくれたから何とか転ばずにすむ。
見た目は成人男性にしては細身のユーリだけどユーリの手は思っていたよりも大きくて骨張っていて異性を感じられた。
「ごめんなさい、ユーリ」
「……いや、少し休もうか」
「……はい」
オドレイが入れてくれた冷たい紅茶で喉を潤す。
ダンスで体力を使い、ユーリと密着して緊張していたから汗もかいた、冷たい飲み物が美味してホッとして息を吐いた。
「疲れた?リーネ」
「疲れた……そうですね」
「どうしたの?悩みでもあるのか」
悩みかと問われたら悩みではない。
ユーリと密着して気になって上手く踊れない、ただそれだけ。
ドキドキするのも緊張して上手く踊れないのも私だけ。ユーリは私のことが好きなのよね、好きな人とあれだけ密着してもドキドキしないの?そう聞いてしまいたい、聞いてはいけないことかしら。
グラスの中の氷がカランと音をたてる。
茶色の液体がグラスの中で波打った。
ユーリは私の言葉を待っているのか、こちらの様子を伺っているようだ。
「ユーリ、聞きたいことがあるの」
「えっ?何だろう、俺に答えられることならいいけど」
「あのね……ダンスの時、ユーリとの距離か近いから緊張するしドキドキして上手く踊れないの。本番まで時間がないのに、当日失敗したらどうしよう………」
「リーネ……」
ユーリは目を細めて微笑ましい、そんな顔で笑っている。
その姿を見るとなぜだか分からないけど腹が立った。どうしてそんなに余裕なのだろうか、私と同じ気持ちではないのかと問い質したくなる。
この間見た恋愛小説では気持ちが重いと言われ婚約破棄されていた場面があった。一般的には私のこの気持ちは重いのだろうか、そんな風に思うと気が滅入ってきそうだ。
ユーリが席を立った。まさか帰っちゃうの?
そんな私の考えは杞憂でユーリは向かいあったソファから私の隣に移動してきた。
「リーネ、俺の胸に手をおいてみて」
「えっ?」
驚いているとユーリが私の手を掴み、自分の心臓へと導いていった。
「俺も同じだよ、ドキドキする」
確かに胸の鼓動は速い。
「でもユーリは余裕があるでしょう?私と同じではないでしょう」
「……いや、余裕があるように見せているだけだよ。年上だしダンスだってリードしなくちゃいけないしな」
「そうなの?」
「うん、そうだよ」
なんだそうなのか、ユーリだって私と同じ。
ユーリからそう聞くと安心した。
安心したからお腹も空いて焼き菓子が美味しくいただけそうだ。
マドレーヌを一つ手にとって頬張るとバターの風味が広がって笑みがこぼれた。
「じゃあ、食べ終わったらもう少し踊ろうか」
「はい!」
私は頷くと残りわずかなマドレーヌを味わいながら堪能した。
♢ ♢ ♢
「ごめんね、急に教会に呼び出されちゃってさ」
「シリルのお仕事だもの今日は止めておくわ」
今日はユーリが我が家に来られない。
ユーリは就職先の王宮へ行っている。また正式に就職したわけではないが、新しい魔導具の製作を関わっているようだ。
「止めることはないよ。ちゃんとイザークに頼んでおいたからね」
「えっ!?イザーク様に!?」
「うん、だから練習すればいいよ、じゃあね」
「あっ、待ってシリル」
シリルは慌ただしくそう言い残すと部屋をあとにした。
読んでいただきありがとうございました




