第19話 お茶会に込められた悪意
「どうしてリーネが帰ってこない!クリス!」
「そんな事言われても……」
アイリーネの行方がわからなくなってから、城にあるクリストファーの部屋に強引に居座り、アイリーネが発見され喜ぶと共に教会に泊まらせると連絡が入ったためユリウスは八つ当たりをしていた。
「こんな時間だし、君の両親も家に帰ったんだろう?」
「………」
父と母はアイリーネを待つことなく帰宅した。10歳の娘がいなくなったと聞き待機することなく自宅へ帰るなどありえるのだろうか?両親を問い詰めても陛下にすべてまかせていると答えるばかりである。ユリウスには納得がいかないと憤っても現段階ではアイリーネが帰ってくるのをただ待つしかできなかった。
「明日には帰ってくるから寝よう?」
「……ああ」
案内された客間でユリウスはウトウトとしながらも明日アイリーネに会い怖くなかったかと慰め、怒りすぎたあやまろうと考えていた。
翌日、イザークとシリルに付き添われ城に到着したアイリーネを見るまではたしかにそう思っていた。アイリーネにとってユリウスなど必要ない存在だといわれたようで、近づいてしまえばそこは自分の場所だとアイリーネの隣を主張しそうで、ユリウスはアイリーネに会うこともなく踵を返した。
ユリウスはアイリーネへの感情が整理できるまではと家に帰ることも最小限に留めた。その結果アイリーネが断罪される日までまともに会えずにいた。アイリーネから送らていた手紙も返事を返さないことで数が減り最後には届かなくなっていく。何度も読み返しボロボロになった手紙を懐に忍ばせ危険な魔獣討伐に参加した、忘れようと努力するも忘れたくなくて思い出す。この日の出来事はユリウスにとって胸に刺さった棘となっていった。
この日を境に王はアイリーネを王宮に呼び寄せることも考えたがエリンシアの願いもあり王家ではなく公爵家での生活を継続させた。何かを予感したように王は王家からの使用人を公爵家に送り、イザークを護衛として仕えさせ安全に配慮していた。アイリーネは教会に通う以外は公爵家より外出する機会も少なく比較的穏やかに過ごしていた。問題は最低限出席しなくてはいけないお茶会に出席することである。マリアが出席できるはずのない高位貴族のお茶会にも必ず出席し、アイリーネに対し嫌味や嫌がらせを繰り返していた。その際、ペンダントより黒い霧が出現し周りの者もマリアの言いなりになる。ドレスが汚され髪が乱されたり、小さな傷をつくる事も多かった。
「――申し訳ありません」
「イザーク様が謝ることでは……」
「いいえ、私はアイリーネ様の護衛です。ですから何かおきたなら私の責任です」
「………」
護衛とはいえ女子の集まりにイザークが参加できず待機していた。イザークに謝られアイリーネは自分の不甲斐なさに落ち込む。アイリーネが俯き黙り込むとイザークは優しい声と笑顔でアイリーネを慰めた。同じ様な苦汁をし今のアイリーネは幸せではないように感じる。それならばエイデンブルグでの自分を思い出してほしい、その小さな体を抱きしめて慰めたいとイザークは秘めるも一方で辛い記憶を思い出してほしくないと複雑に絡む感情に揺れていた。
月日は流れ、アイリーネは14歳となたっていた。そんな中アイリーネが怪我を負う事件があった。
その日は王宮の温室で開かれたお茶会であった。いつものようにマリアが執拗にアイリーネの悪口を披露している。アイリーネは何を言ってもいつものように黒い霧により自分を味方する者はいないと席を立とうとしていた。それを見たマリアはアイリーネを突き飛ばした。「キャッ」アイリーネは床へ倒れる。
「どこに行くのよ?お茶会はまだ終わってないんだから!」
「どうして?こんな事……」
「貴女がいるから、私は王子様と結ばれない」
「何を言ってるの?」
「貴女が……貴女が……」
マリアは濃い黒い霧を纏いブツブツと呟いている。ふとテーブルに手をかけるとテーブルを倒し床に叩きつける。アイリーネは避けることが出来ずに足の上にテーブルが倒れてきた。
「痛っ!!」
アイリーネは突然の痛みに悲鳴をあげた。テーブルが倒れアイリーネの足首は暗赤色に変わりみるみるうちに腫れていく。痛みも共有しているポポが激しい痛みに耐えられず床に落ちてきた。
「ポポ!」
アイリーネは手を伸ばしポポを抱き上げた。目を閉じ苦しそうな顔をし声も出せずにいるようだ。アイリーネの目には涙が溢れこぼれ落ちてきた。
「ごめんね、ごめんなさい。ポポ」
ポポは薄目を開け口角を少し上げた。
(ダイジョウダヨ。アイリーネモイタイデショ?)
「………」
アイリーネは言葉なく泣きじゃりポポに返事を返すことができずにいた。アイリーネを上から見下ろしていたマリアは自身が蚊帳の外に置かれている感覚に苛立ちを覚え声を荒げた。
「誰と話してるのよ!こっちを見なさいよ!」
怪我をした足首に更にマリアはヒールで踏みつけ痛みが増す。痛みに耐えポポを抱きしめる。マリアが何故アイリーネに対してこのような言動をとるのか検討もつかず、ただひたすらに今が終わればいいと祈っていた。
「なにを騒いでいるのだ?」
聞き覚えのない声に顔を上げると王太子のクリストファーが温室の入り口から歩み寄る。
「――怪我をしているじゃないか?」
クリストファーはすぐに治癒できる者を呼ぶように大きな声をあげるも、マリアが必要ないと黒い霧を撒き散らしながら答えると虚ろな目でその場に立ちつくす。
「殿下、そのような子はかまわずにあちらの薔薇がみごろです。行きましょう」
マリアがクリストファーにそう囁くと他の令嬢も使用人も温室をあとにする。マリアは温室を出る瞬間、勝ち誇るように一瞥した。アイリーネは床に座り静粛とした温室に一人取り残されるままとなった。
読んでいただきありがとうございます!




