第196話 記憶の扉③
「いよいよ最後だな」
イルバンディの言葉にアイリーネは緊急した面持ちで頷いた。
最後の額縁、それは私が誕生日を迎えてから断罪されるまでのわずかな期間を表している。
憂鬱な気持ちで一番端にある額縁に挑む。
その結果は私が思っていたよりも酷いものだった。
特に貴族牢から地下牢に移動してからの生活は耐え難いものだった。
マリアの命令で牢を移される、それだけではなく牢屋にいる兵士までがマリアの指示通りに動く。どうしてマリアにそのような権限があるのだろうかと疑問になる。実際には権限ではないようだ、マリアの声に胸元にある黒い石のペンダントが反応し黒い光を帯びるとみんなマリアの言いなりだ。
「マリアはあのペンダントで皆を操っているのですか」
「……そのとおりだ」
今のマリアには魔力はない、この額縁の中のマリアも魔法を使っているようすはない。対してあの黒いペンダントには闇の魔力が宿っているのようで、あのペンダントを使用すれば誰でも闇の魔力を使用することが出来るのだろか。
額縁の中では一度目の私が泣いている。それを今の私がイルバンディ様に抱きかかえられて見ている。自分のことであるのに記憶が完全に戻っているわけではないせいか、よく似た他人を眺めているかのようだ。
地下牢に移さた私は拷問にあっている。マリアの命を受けた兵士は暴言を浴びせ鞭を使い傷つける。
怖い、本当は見たくない。目を逸らしてしまいたい。それでも私は強くなりたい、弱いままでは大切な人達を守れないから。守られてばかりは嫌だから。
地下牢の中の私は粗末なベッドで横になっている。
マリアに髪を切られて不揃いな髪も拷問で傷だらけになっている身体も入浴出来ずにいるせいか薄汚れている。罪人に会いに来る者もいないだろうが令嬢としては耐え難い。そんな中、思いも寄らない人物が地下牢に現れた。
――あの人は……。アルバート様?
テヘカーリ特有の燃えるような赤髪をしたアルバートが地下牢の中にいた。水を浴びせられ服が水分を吸っている私は床に倒れており、彼によってベッドへ運ばれる。一度目の私はもう自力で起き上がる力もないのか粗末なベッドに運ばれても横たわったままだ。何をする気なのだろうかと眺めていたら、混合魔法によって私の服を乾燥させていく。混合魔法を使えるということは魔力が高いのだろう、さらには正確に紡がれる魔法は精度も高いように見える。
地下牢にいる私の元を訪ねてくる人なんていないはずなのに、シリル達の知り合いだというアルバート様がいるのだろう。そんな疑問と共にイルバンディ様を見つめても、私の考えなど知らないイルバンディ様が問に応えることはなかった。
額縁の中には断頭台が映し出されていた。
断罪されたと分かっていたけれど、これから自分の身に起こることを考えると堪らなくて怖い。断罪を見に来た群衆は歓喜しているようで、私が断罪されることを望んでいるように見える。
アイリーネは無意識の内にイルバンディの服を握りしめた。
野次が飛ばされて額に石が当たった傷口から流血しても一度目のアイリーネは顔を下げずに前を向いている。自らは潔白であると態度で示しているのだ。
今の私とさほど年は変わらない。
だけど、今の私よりもずっと強い。
一度目の私には愛し子という称号もユーリもいない味方が極端に少ない状況では強くなくては生きていけなかったのだろうか。
二度目の私は愛し子と呼ばれて守られている。愛し子だから狙われることもあるが、粗末に扱われることはない。もしも二度目の私にも強さを求められるなら、一度目のように味方を少なくする、もしくは一度目の記憶を消さないなどの処置を施せばよかったのではないだろうか。
「イルバンディ様。一度目の私は愛し子だと神託がありませんよね、二度目はどうして神託されたのですか?それに一度目の記憶が初めからあれば私ももっと強くあれた、そう思うのですが……」
妖精王は表情が変わらない、そのはずだけれどイルバンディ様は悲しそうに見える。私を抱えるその手は熱を持たない、それなのに強い意志を感じる。
「そなたに強さを求めてはいないのだ。そもそも愛し子は守られる存在、よって強くある必要ない」
強さは求めていない、もっと強くあらねばならない、そう思っていた私の考えは間違いだったというのだろうか。それならば一度目の私には神託がなかったのだろうかと不思議でならない。
「でしたらイルバンディ様、一度目の私にはどうして神託がなかったのでしょうか」
「それは……」
イルバンディ様が言い淀む。
そしてイルバンディ様が見つめている額縁の中では、一度目の私から白い光が溢れだして広場を包み込んでいる。
その後は処刑が実行されたのであろう。
額縁は黒く染まると何も映さなくなった。
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