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断罪された妖精の愛し子に二度目の人生を  作者: 森永 詩


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第194話 前へ進む

 記憶になくても体が覚えているのだろうか、震えは止まることなく続きハアハアと呼吸も荒くなる。遂には力尽きるようにその場に座りこみ、両手で体を支えた。



「愛し子、大丈夫だ。落ち着くのだ」

「はい、分かっているのですが……自分の意志ではどうにもならないようなのです。……思い出してはいけないのでしょうか」

「………愛し子」


 

 両手、両足を床につけている状態のアイリーネの側に猫の姿のイルバンディはやって来た。小さな猫の体が大きくなったと思うと次の瞬間には妖精王の本来の姿に戻っていった。跪いた姿の妖精王のシルバーの長い髪は床の上で輝い放っている。その幻想的な姿に惹き込まれ、アイリーネは息を呑んだ。



――とても綺麗。こんなに近い場所にイルバンディ様がいらっしゃるなんて。床の上でもイルバンディ様のシルバーの髪は星を散りばめたように輝いていて……


「――!!イ、イルバンディ様。そんな風に跪いてはいけません!髪が床についています、汚れてしまいます。それに妖精王が跪くなんて……」


「……そうか」


 短い返事をしたイルバンディは自らが立ち上がろうとするが同時にアイリーネを抱えると横抱きにした。

 急に第上げられたアイリーネは驚き戸惑った、すぐ側には彫刻のように端正な妖精王の顔があり、混乱して思考が追いつかない。


「イルバンディ様、あの……どうして」


「……もう震えていないな」


 そう言えば驚いている内に震えが止まっている。

 イルバンディ様からは人の様な体温はない、かと言って冷たいわけでもない、不思議な感覚だ。ただ香りだけは花の香りがする、妖精達は花畑を好むイルバンディ様も花を好むのだろうか。



「愛し子よ、そなたが怖がるのも無理はない。それだけの事があった、それでも今のそなたは乗り越えられると確信している」

「どうしてですか……」

「そらなたは愛された記憶があるだろう。以前のそなたとは比べようもないほどだ」

「私には分かりません。覚えていませんので……」

「そうか……実は愛し子は一度目を思い出した事がある。その時に記憶が書き換えられても完全に消し去る事は出来ないのだろう。それ故に能力に対して過敏で身近な者から嫌われることを恐れているのだろう」 

「だったら思い出した方がいい、イルバンディ様はそう思うのですか?ではなぜ初めから記憶を残しておかなかったのですか」


 イルバンディはアイリーネから視線を外すと白い扉を見つめた。


「もし二度目の最初から一度目の記憶があれば今のように周りの者と接する事がなかっただろう」


 イルバンディの手に力が込められたのが分かった。


――イルバンディ様がそこまで言うくらいの事が一度目には合ったということだ。私が頑ななほど神聖力や能力にこだわるのも、ユーリの気持ちが変わったのではないかと疑うのも一度目が原因だというのなら、克服しなければいけないだろう。前に……進むために。守られているだけではなく、私も皆を守りたいから。


 深呼吸をして自分を落ち着かせるとアイリーネは決心した。



「イルバンディ様、私一度目の扉を開けたいと思います」

「そうか……ではこのまま行こう」

「イルバンディ様も一緒に行くのですか?」

「共に行こう。恐れることはない」


 アイリーネは頷くと白い扉の取っ手に恐る恐る手をかけた。そして目を瞑ると勢いよく扉を明けた。




♢  ♢  ♢


 アレットが去り眠りについたアイリーネの身体をアイリーネの部屋のベッドに運び終えた。自分の出来る事はない、そう分かっていても眠る彼女の側から離れることもできずに、ただ見つめていた。



「イザーク……」

「イザーク、リーネを運んでもらってすまないな」



 振り返るとシリルとユリウスが立っていた。

 いつの間に部屋の中に入って来たのだろうか、気がつかないとは護衛として失格だ。



「イザーク、休んできてよ」

「私なら大丈夫です」

「大丈夫じゃないから言ってるんだよ。そんな顔して!自分がどんな顔しているのか分かってるの?」


 シリルにそこまで言われてそんな顔とは、とのろのろと歩き鏡を覗き込み絶句した。そこには生気の抜けた男の顔が映っていた。目元は赤く腫れ頬には涙のあとまである、何か辛いことでもあったのかと人目にも分かるほどだ。


「……席を外します。その間、アイリーネ様をお願いします」

「分かった。身支度を整えるだけじゃなくてちゃんと休んできてね」


 イザークは渋々と無言で頷いた。


 扉に向かうイザークにシリルが告げた。



「ねえ、イザーク。そんなに辛いのならばジョエルに頼んで記憶を書き換えるという選択肢もあるよ」


「な、なにを――」


「他の事に手につかないほどならそういう考え方もあるでしょ」


「………いくらシリル様とは言え言っていい事と悪い事があります」


 イザークは静かに怒っていた。その瞳は怒りを帯びていてシリルを睨みつけている。そんなイザークにシリルは怯えることなく反論した。



「だったら!僕がそう言わなくていいぐらいのイザークでいてよ。悲しいのも辛いのも分かるけど、前を見てよ。僕達は進むしかないんだから」


「………」


 イザークは無言で扉を開けるとアイリーネの部屋から去って行った。シリルに反論することも振り返ることもなく部屋を出て行った。


「おいシリル、あそこまで言わなくてもよかったんじゃないか?」

「僕が言わないと誰も言わないでしょ?これから先イザークが腫れ物みたいに扱われるのは嫌だったんだ」

「シリル……」

「イザークに嫌われちゃったかな……」

「イザークだって分かってるよ」


 うんと言いながら眉を下げて項垂れているシリルを慰めながらユリウスはイザークの立ち去った扉を眺めた。



――イザークはきっと今でも姉様を……


 ユリウスはベッドで眠るアイリーネを見つめる。

 

――もし、ユージオと俺のように融合したならリーネはどうするだろうか


 ユリウスは頭を振ると考えるのを止めた。

 今はリーネが無事に帰っくるのを祈ろう。

 シリルが言ったように過去よりも前に進むために……

 

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