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断罪された妖精の愛し子に二度目の人生を  作者: 森永 詩


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第193話 記憶の扉①

「ね………こ?よね」


 アイリーネはむくりと起き上がり正座をすると、まじまじと猫を見つめた。

 前足を揃え後ろ足を折りたたみ、上半身を姿勢良く伸ばした状態で座る猫はこちらを見上げている。

 毛足が長い猫ではあるがその銀色の毛は艶を持ち手入れが行き届いているようで、上品に首を傾げて見つめていた。



「愛し子よ」


「は、はい!」


 猫に呼ばれて思わず返事をしてしまった。

 猫といっても言葉を話す猫など普通の猫ではない。そう言えばカルバンティエはいつも猫の姿で会いに来ていた、となるとこの猫もそうなのだろうか。


――いいえ、違うわ。纏う空気がカルバンティエ様とは違う。だけれどもよく似ている。思い当たる方が一人いる、しかしその方が一人の人間に必要以上に関わることはないはずだ……


 それに……気がつけば真暗なはずの私の周囲は明るい。この猫の色が見えるのも、自分の周囲だけ闇とは遮られたように淡く白い光で包まれているからだ。

 


「愛し子……すまない……。そなたに能力を与えたために酷い目にあわせてしまった。謝ったところで許されなくても仕方がないだろう。……すまない」


 銀色の猫は頭を垂れた。



「そんな!頭を上げて下さい」


 もしも猫が私が考えるように妖精王ならば、このように人間に頭を下げるべきではない。


「……かまわぬ」



 猫は頭を上げるとこちらを見上げて微笑んだ。



「……あなたは……もしかしてイルバンディ様なのですか?」

「……いかにも」

「イルバンディ様は必要以上に人に関わることは出来ないと聞いていますが違うのですか」

「……ここは現実世界ではない。だから構わないのだ」

「……そうなのですね」


 現実世界ではない、イルバンディ様の言葉に私は改めて周囲を見渡した。そうね……言われてみればこんな暗闇では人は生きることが出来ないだろう。あれ?待って、では私は死んでしまったというの?ここにはどうやって来たのかしら、思い出せない。

 アイリーネは顔色を青く染めた。


「安心しろ愛し子よ。そなたは生きておる」

「えっ!?そうなのですね」


 自分の生死を問うアイリーネは頭を抱えて考えを巡らせていた。その様子に妖精王は、そっと手をアイリーネの膝の上に置いた。猫の手が膝に触れて、肉球の感触を感じたアイリーネは確かに自分は生きているのだと実感できた。



「イルバンディ様、私はどうしてこのような所に来てしまったのでしょう」

「それは……そなたが自分の神聖力を信じられなくなったからであろうな」

「では……私が愛し子ではないということでしょうか」

「それは違う!そなたは愛し子で間違いない。そもそもは記憶が封印されていることが問題なのだ」

「記憶が封印……??」

「そうだな、まずはそこからだな」


 ついてこいとばかりにイルバンディは歩き出す。

 イルバンディが歩き出すと淡い光も共に動く、イルバンディが少し遠ざかったアイリーネの周囲は暗闇に戻っていく。それに驚いて取り残されないように慌ててイルバンディの後を追った。


 

「ここだ……」


 イルバンディの立ち止まったのは突如として現れた白い扉の前だった。猫の姿だというのに眉間にシワを寄せてイルバンディは扉を睨みつけている。この扉がどうかしたのだろうかとまじまじと見つめてみても、普通の扉のように見える。ただし、ここは現実世界ではない、それなからば特別な何かがあるのだろう。高まる緊張感にアイリーネはゴクリと唾液を飲み込んだ。

 


「ここにはそなたの一度目の記憶が入っておる……」

「一度目……ですか?」

「………そなたは一度亡くなっている……」

「……えっ?」

 


 なくなる?どういう意味なの?亡くなった?私は死んでしまったというのかしら、でも先程イルバンディ様は生きていると、そう言っていたわ。それに一度目とはどういう意味なのだろう。


「今は二度目。つまりそなたは回帰したのだ」

「回帰……つまりやり直しているという事なのですか?」


 

 イルバンディは静かに頷いた。

 白い扉の前からアイリーネの足元に移動してくると真剣な眼差しでアイリーネを見つめた。




――妖精王は偽りを語ることなどない。

  では本当のことなのね……

  私は一度死んでやり直している。一度目の私ははどうして亡くなってしまったのだろうか。普通は人が亡くなってもやり直しなど出来ない、やり直しをしているのは私が愛し子であることと関係があるのだろうか。



「愛し子よ……まずはこの扉を明けて一度目の真相を知ってほしい」

「一度目の真相ですか?」 

「そなたの封じられた記憶はそなたの体験した出来事しかないだろう。その記憶と共にすべてを知ってほしいのだ」

「………」

「怖いか?愛し子」

「………はい、そのようです……」


 そう言われて当然よね。イルバンディ様にも分かるくらい、こんなにも震えているもの。何がそんなに怖いのか分からないけど震えが止まらない。


 


 


 

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