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断罪された妖精の愛し子に二度目の人生を  作者: 森永 詩


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第192話 別れの余韻

 月輪が空高くに昇り夜を知らせる。

 そろそろ時間だと窓から月を眺めていたアレットは別れを告げて居間を退室しようとした。


「……じゃあね、アレット」


 扉を開ける直前にシリルが声を掛けた。


「はい、シリル様」


 アレットの穏やかな表情に対してシリルは苦痛に耐えているかの様な表情である。

 もっと気の利いた言葉を掛けてあげたいのに、言葉が浮かんでこない。普段はおしゃべりが好きなシリルも色々な感情が入り混じり口にすることが出来ない。

 そんな自分が情けないなと唇を噛み締めた。



「シリル様……」


 大丈夫、分かっていますという風にアレットはシリルの手を握り微笑む。そんなアレットを見ていると込み上げてくるものがあり、それと闘いながらその手を握り返したシリルは何度も頷いてみせた。


 別れを惜しんでいても時間は永久ではない、限りある。既に満月は空に浮かんでいるのだ。



「……アレット」

 

 イザークにそう促されて二人で居間をあとにする。



 アレットはイザークの部屋に初めて足を踏み入れる。余計な物がなく、必要最低限の家具が置かれていた。部屋の中はモノトーンで統一され、イザークらしいとアレットはクスリと笑った。それからソファで並んで座り、目の前のテーブルを見つめた。テーブルの上にはアーレに渡された例の小瓶がある。

 妖精王の贈り物だ、怪しい物ではない。それでも口にするには勇気が必要だった。小瓶の蓋を開け、イザークを見つめた。



「イザーク様、手を握ってくださいませんか」


 コクリと頷いたイザークはアレットの細い指を絡めて手を繋いだ。

 

「……ありがとうございます」


 アレットは小瓶を手に取ると中の液体を一気に飲み干した。

 アーレの説明によるとこの液体は眠気を誘うという。液体は無味無臭で後味も悪くない、何で出来ているのか不思議な液体だ。深い眠りについた後、次に目覚めた時にはアイリーネが戻る。

 そうなるとイザークと会話できるのもこれが最後だろう、そう思うと言いたい言葉が溢れてくる。



「イザーク様……短い間でしたけどお会い出来てよかったです。前は……お別れを言えなかったから……」

「……ああ」

「イザーク様、アルアリアを守ってくださいね。それからこの身体の持ち主も……」

「……ああ」


 効果が現れ始めたのかアレットは抗えずに目蓋を閉じた。



「私は……消えるわけでは……ない……彼女の一部……な…るだけ……」

「……ああ」

「それから……イザーク様も……幸せで……いて……ください……ね」

「……………ああ」

「イ……ザーク……さ……ま。愛して……いま……す」

「……ああ、私も愛している」

「………」

「アレット?」


 アレットからの返事はもうない。聞こえてくるのは安らかな寝息だけであった。



「………呆気ないものだな」

 イザークはため息を一つついた。


 今生の別れだというのに、こんなにも呆気なく終わりを迎えた。アレットと繋いだままの手に力を込めても握り返すことはない。ただ繋いだ手の温もりと肩にかかる重みが幻ではないと告げていた。


 もう一度会いたいと願ったが、それは別れを想定していたわけじゃない。消えるわけではない、アレットはそう言った。だけどアレットに会うことは、もう二度とないだろう。


 絶え間なく押し寄せる喪失感にイザークは天井を見つめたまま動かない。イタズラに時間だけが過ぎていく。無気力な瞳が映すのは変哲のない天井であるはずなのだが、霞んでいて何も見えない。そしてようやく自分が泣いているのだと気づいた。

 誰かに聞かれる心配などない、それでもイザークは声を押し殺してしばらくの間涙を拭うことなく流し続けた。



♢  ♢  ♢


 どこまでも続く暗闇。

 今にして思えば今年初めに見た夢は予知夢だったのかも知れない。どうしてここにいるのかも、時間の感覚もない。お腹も空かないやるべき事もない、そして誰もいない。そんな空間にアイリーネはいた。

 大事なことがあったはずだけど、思い出さないのなら大事ではなかったのだろう。そう思う事にした。

 


「愛し子よ……」

 


 聞いた事がある声がする。

 誰もいないはずなのに、呼ばれた気がした。

 ここには誰もいない、そのはずだからきっと空耳だろう。そう思い込んで目を閉じたまま動かないでいた。



「愛し子よ……起きておくれ……時間だ」



 もう一度聞こえた声は切羽詰まったような声で、仕方ないと重い目蓋を開けてみた。


 暗闇の中に何かがいる。そう感じてよくよく目を凝らしてみると、目の前には銀色の猫がいた。

 全身を長いシルバーの毛で覆っている猫は臥床しているアイリーネを見下ろしていた。その姿は威厳がありその仕草は優雅である。ただの猫でないことだけはアイリーネはすぐに分かった。



 

読んでいただきありがとうございます

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