第18話 妖精王の真意
森を抜けた先にある教会は街外れに位置し、街の中心部にある大聖堂よりは小さいものの左右に塔がある白く立派な建物であった。
「えっ、イザーク?まさか、誘拐したの?」
「………そんなわけありません」
アイリーネを横抱きのまま教会に入って来たイザークをシリルがからかうように声をかける。
「はじめまして、僕はシリル・オルブライトだよ。君は?」
「あ、はじめまして。アイリーネ・ヴァールブルクです」
教会に着いたので降ろしてほしいと願うアイリーネを名残りおしく思うが、希望に沿う。
「ありがとうございました。えっと、ルーベン卿?」
「イザークとお呼びください」
「えっ、でも……」
「これからも護衛をさせていただきます。ですから、イザークと……」
「……イザークさま?」
「――はい」
名を呼ばれ歓喜を感じるイザークは思ったよりも甘い返事となり顔を引きしめた。その様子を見たシリルはニヤニヤしたがらイザークを見ている。よかったねと呟いたシリルを軽く睨み問う。
「城への便りは?」
「鳩をとばしたよ?」
「鳥ですが夜も大丈夫なのですか?」
「みかけが鳩でも本当は魔法だから大丈夫じゃない?」
「では今日は遅いのでアイリーネ様はお泊りいただいても?」
「そうだね、じゃあ湯浴みと着替えと何か食べる物を頼もう!」
シリルはアイリーネを神官に託した後イザークに向き直った。シリルに見つめられたイザークは目を逸らさずに見つめ返した。
「思い出したんだね?」
「はい、自分の罪も理解しました」
「罪?魔力暴走の事?」
「……それもですが、アレットを守れなかった。アレットを守れなかったからこそ、エイデンブルグは滅びたのでしょう?」
「……結果的にはそうなんだけど……だからってイザークだって幸せになる道を諦めなくちゃいけないわけじゃないよ?」
「いえ……」
「アイリーネはきっと幸せになれないとしても?」
「何故ですか?あの時、彼がイルバンディ様に望みその通りの状況だというのにですか?」
「う〜ん」
シリルは要約しユリウスが記憶を操作されている件を伝えた。イザークは目が据わり動かなくなり低い声で呟く。
「ありえません」
「イザーク、怖いよ?」
「何故落ち着いていられるのです?」
「イザークは落ち着いて?」
「落ち着いてます。だから彼女は王宮から飛び出したのですか?」
「詳しくは宝石眼の妖精に聞いてみないと……」
「聞いて下さい!」
急かさないでとシリルは宝石眼の妖精を呼び出した。
『汝、宝石眼の妖精、我が呼び出しに答えよ』
シリルがそう言い終わると、光りの粒が集まりポポが2人の前に現れる。ポポは急に呼び出されたとムッとしながらジロリとシリルを見た。
(ニンゲン?チガウ?)
「今は人間だよ」
(ナンノヨウ?)
「アイリーネ様について聞きたい」
(………)
「お願いします!彼女が辛い思いをしていないか知りたいのです!」
今までポポが光りのようにしか見えていなかったイザークはシリルの神聖力によりポポの姿がハッキリと見えるようになっていた。ポポの手を掴み懇願する。
「お願いします!」
イザークの真剣な眼差しにポポはためらいながらも問う。
(……ナニガキキタイノ?)
「ありがとうございます!」
ポポが王宮での一部始終を語り終えるとシリルは黙り込んだ。イザークも眉間にシワを寄せ黙り込む。
「得体も知れない者がかかわっているのでしょうか?」
「うん、そうかも知れない。まあ、まだ分からないしアイリーネがそろそろ湯浴みを終えてくるんじゃない?一緒にご飯食べてあげたら?」
「何を急に――」
「考えてもわかるものじゃないでしょ?アイリーネも知らない所に一人じゃ不安でしょ?」
納得はいかないもアイリーネが不安かも知れないと思うとアイリーネの元に行くことにした。
「わかりました、では様子を見に行きます」
足取りが軽いイザークを見送りシリルは次の言葉を伝えた。
「イルバンディ様の伝言だよ。宝石眼の妖精」
(ポポダヨ)
「ポポ?変わった名前だね?――怒らないでよ、ごめんね?可愛い名前だね」
ポポは口角を上げニッと笑った。
「これは誰にも言ってはいけないよ?この先アイリーネがどんな目に合っても必要以上に魔法も神聖力も使ってはいけないよ」
(エッ?)
魔法と神聖力は別物であるがすべての源は妖精王であるイルバンディに由来するものであり人はどちらかを愛し子を守る宝石眼の妖精には力は強くないが両方を有する者が多い。ポポもアイリーネを守るために力を持っているのに使うなと言われているのである。
(ドウシテ?)
「まったくじゃないよ?力は制限されるから驚かないようにとイルバンディ様からの伝言だよ」
(イルバンディサマハ、アイリーネガキライニナッタ?)
シリルは目をすっと細めポポに尋ねる。
「どうしてそう思うの?」
(モリノヨウセイガ、ホカノクニ丿イトシゴハツライメニアワナイッテ)
「そうだね。第2皇子様と結婚するらしいしね。幸せなんだろうね」
(アイリーネハナイテル)
「……ポポ、このままだとこの国が失くなってしまう。アイリーネの能力がいつ現れるか次第だ。人は追い込まれた時にその能力を最大限に出せるだろうしね」
(クニナンテ……)
「国や大事な人が失くなれば、アイリーネは泣くだろう?」
(……ポポハ、ナンノタメニイルノ?)
「アイリーネの側にいてあげて、どんな時も。あとは、しっかり記録してね」
(………)
シリルの態度も全部記録してやるぞと意気込んだポポに伝える。
「そうそう、すべて記録されたとしてこの場面は誰にも見れないよ?」
(???)
「イルバンディ様の真意に関わる部分だしね?」
シリルしか見れないから正体を隠すつもりもないし、態度が若干悪くないか?とポポは思う。大好きなアイリーネの側に早く行こうとシリルを通り過ぎ食堂へ向かった。
――君はバカだよ。僕に逢いたい、寂しいとか言わなければよかったんだ。そうすれば、イルバンディ様の側にいれば未来にある辛い思いを経験しなくてよかったのに!ねぇ?コリン
遠ざかるピンクの髪色を眺めて、シリルは目を閉じた。イルバンディの側で暮らした日々を思い、懐しい緑の髪を浮かべながら。
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