第187話 姉様とユージオ
翌日、俺とシリルは姉様に会うために王宮へやって来た。見慣れた城の入口がやけに大きく見えて、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「緊張してるの?ユリウス」
「ああ……」
「……そっか」
「ん……」
そこから先は会話が途切れた。
勝手知ったる城の中でも今日は案内がついている。
いつもの客室ではなく、王家のプライベートゾーンに近い部屋に向かうからだ。通常は俺達でも立ち入ることはない場所だ。今回の件はそれだけ秘密裏にされているということだろう。
長く天井の高い廊下に響く自分とシリルの足音がやけに響いている。案内された一室には数枚の肖像画が飾られており、その中の一つの肖像画の前で立ち止まる。
「ルシア様の肖像画だね?」
「ああ、そう言われている。だとしたらかなりの年月だろ?ここまで保存できるものなのか?」
「あの時代はまだ人と妖精の距離も近かったから、この絵には保護の魔法が使われているみたいだね」
「そうなのか?」
「うん」
ルシア様はアルアリアの初代王妃と言われているがその詳細は歴史書にも書かれていない。数点の肖像画と逸話のように語り継がれている話のみだ。
今までは気に留めることもなかったけれど、改めて見ると髪の色が気になった。
「なあ、シリル。この髪の色ってピンクだよな?」
「うん、そう見えるね」
「リーネの髪と同じだ……でもリーネはリオンヌ様、つまりテヘカーリ由来の色だろ?それともこの時代は珍しくない色だったのか……」
「アルアリアの建国時にはテヘカーリはまだないはずだよ。だからアルアリアにも赤髮の人が多く住んでいたのかも知れないね」
「そっか……」
ルシア様の肖像画は微笑んでいる。
王妃と呼ぶよりも王女と呼んだ方がしっくりする、まだ少女のように見える。
顔はリーネとは似ていないのに、髪の色が同じなためかリーネを連想してしまう。
初代王妃とされながらも詳細が分からない人物。
その人生が不幸でなかったならいいのだけど。
コンコンと扉がノックされた。
いよいよ、姉様と会う。前世の自分ならばこんなにも緊張する事もなかっただろう。離れて暮らす姉様に会える頻度は少なくて、面会時は嬉しくて前日はなかなか眠れなかったぐらいだ。
イザークにエスコートされて部屋の中に入って来た姉様は思っていた以上に姉様だった。
姿はリーネでも仕草が違う、歩き方や会釈、それから眼差しだって全然違う。混乱せずに落ち着いて話せそうだと、少し胸をなでおろした。
「こちらはシリル様とユリウス様で、シリル様は次期教皇様でユリウス様は……」
俺の説明になるとイザークが言い淀んだ。
俺の立場は何だろう、元義兄?恋人でも婚約者でもない。説明しようとすると難しいな。
「ユリウス様は……アイリーネ様に婚約を申し込んでおりまして……えっと……返事を持たれている状態で合っていますよね?」
何言ってるんだよ、イザーク!真面目な顔してさ!
そんなに正直に話さなくてもいいんだよ、イザーク!恥ずかしいだろ。
ユリウスの顔が羞恥心から赤く染め上げ、顔を伏せた。
その様子を見ていたシリルはポツリと呟いた。
「……今のはイザークが悪いよね」
「……申し訳ございません、ユリウス様」
「……謝まらなくていいけどさ、イザーク鈍すぎるのもどうかと思うぞ」
そんな三人のやり取りを静かに見守っていたアレットは微笑ましいと思わず笑い声をあげた。
アレットの笑い声に反応した三人は一斉にアレットを見つめ、その視線にアレットは少々困惑する。
「あの、ごめんなさい笑ったりして。それから大事な方の身体をお借りしたりして……」
「いえ、リーネが深い眠りについているのも、元を正せば俺が悪い。リーネの側にいてやらなかった、悩んでいるリーネに気づいてあげらなかったから……」
「いえ、それでしたら私の方が悪いとなるでしょう。アイリーネ様のお側についていたのに、このような事態になってしまったのですから……」
「あ〜っ!もう、暗い!!みんな辛気臭いよ!ユリウス達が落ち込んでるとアイリーネも悲しむから、もうこの話は止めようよ。それよりもアレットここの暮らしに不便なことはない?」
いたたまれない雰囲気をシリルは無理矢理終わらせるとアレットに笑顔を向けた。それに釣られるようにアレットは微笑んだ。
「はい、皆様よくしていただいおります。不便などありませんわ」
「そう?それならばよかった」
姉様とシリルの会話を聞きながら、自分の選んだ選択について考える。最初は俺がユージオであると名乗ろうかと思っていた。姉様は最後に俺の名を呼びながら亡くなった。ユージオだと名乗れば安心するだろう、それと同時にこうも思った。姉様は一時的にリーネの身体を使っているだけ、イザークと俺には自分の身体がある、姉様はいずれいなくなる。自分だけ消えなくてはいけない、それはどんな気持ちだろう、残される者もつらいけど消える側だってつらい。あんなに想いあっていたイザークと別れなければならないのに、家族とまで別れる、それは酷いことではないだろうか。だから、姉様には名乗らないことにした。これが妖精王が仕組んだ事なら更に怒りが込み上げてきそうだ。
視線を感じたから、顔をあげると姉様がこちらを凝視していた。その眼差しは懐かしい者を見ているようで、まさか俺がユージオだと気づかれたのだろうかと焦った。
「あっ、ごめんなさいジロジロと不躾に眺めたりして……」
「いえ……」
「私の弟と同じ色だと思いまして」
「……弟さん……?」
声は震えていないだろうか?
自分はどんな顔をしている?
姉様が負担にならないように、しなければいけないから……
「はい、たった一人の大切な弟だったのです。それなのに、私の事情に巻き込まれて怖い目にあわせてしまったので心配していたのですが……」
「………」
「歴史書を見て安心しました。立派な領主としてこうして後世に語り継がれていて……よく、頑張ったねって褒めてあげたいです」
「………」
声を出せば泣いてしまいそうだ。
父や母が亡くなったあとも自分の命が消える日まで必死に走りきった。それが残された者の使命だと思ったから。自分を助けてくれる人も人を愛する機会もあった。だけどエイデンブルグが滅亡した時にすでにユージオの人生は終わったも当然だった。だから、残りの人生を領主として捧げた。姉様に再び出逢えたなら姉様に誇れるように、頑張ったねって褒められるように。今この場で聞けるとは思わなかったけど……
「……きっと弟さんは褒められて、喜んでいるでしょうね」
そうだといいのだけど、と笑った姉様が俺に気づいていないようで安心する。
そして姉様ごめんなさい。姉様に会えて嬉しいけれど姉様とリーネどちらかしか選べないなら、俺はリーネを選ぶ。最初は確かに姉様の魂を持つリーネだから好きになった。だけど回帰して一緒に過ごす内にその考えは変わっていった。リーネだから、だ。今回のことで改めて思った、リーネでなければ駄目なのだと。
前世での俺の気持ちは大好きな姉様を自分なら幸せに出来る、そんな子供染みた考えだったのだと今なら分かる。実際の恋愛なんて幸せだけではないのに、あの時の俺は子供だったから分からなかったんだ。
リーネに伝えたい、こんなにもリーネを想っている、一生、リーネ以外は見えない。
早くリーネに帰って来て欲しい、それが例え姉様と二度と逢えないとしても。
読んでいただきありがとうございます。
もう少しでリーネが出てきます。




