第186話 目蓋を閉じれば
どこまでも澄み渡った空にゆらゆらと揺れている花達。
花畑の中心で一人豪華な椅子に座った妖精王は肘置き部分に肘を置き、こめかみに手を添え目蓋を閉じている。
長い銀の髪は地面につき、時折吹く風に乱されたとしても目を開けることはないようだ。まるで絵画の様な光景は花畑にいる妖精いわくここの所よく見る光景とのことだ。
目蓋を閉じていると今でも鮮明にそなたの姿が映し出される。
「見て下さい、きれい。こんなに沢山の花が咲いています」
そなたが望むならいくらでも咲かせよう。
「妖精も人も一緒に暮らせたらいいのに、どうして人は争うのでしょうか」
そなたが望むなら共に暮らせる国を造ろう。誰も争うことがないくらい豊かな国を。
「私、あなたが大好きです。ずっと一緒にいられたら……」
そなたが望むならいつまでも一緒にだ。
隣にいた彼女は駆けていく。その柔らかそうな長いピンクの髪を揺らしながら、前に進む。
駄目だ、そちらに行くな。そちらにいけば、そなたは……
「………人を恨まないで下さい。そんな感情はあなたに相応しくないから……」
そなたは残酷な事を言う。そなたを奪うやつらを許せと言うのか。
この腕の中で今にも命の灯火が消えようとしている。魂が再び巡り転生したとしても、それはそなた自身ではない。それでもそなたを求めるだろう、姿形は変わってもそなたには違いないのだから。
しかし次の瞬間、イルバンディは目を見開いた。
愛しい人の身体が黒く光り輝き、その魂に亀裂が入っていく。
「なぜだ!?駄目だ!ルシア!ルシア!!」
慌ててルシアの名を呼んだ、ルシアは自分の名を呼ぶイルバンディに微笑んだ。
「なぜだ?ルシア……」
魂が砕ければルシアは転生出来ない。ことの重大さが分かったいないのか。もう二度と……会えないのだぞ?
「もう二度と会えなくても……あなたに出逢えてよかった、イルバンディ様。さようなら、イルバンディ様。……愛しています……」
そう言い残したルシアは消えてしまった。
――ルシアはわかったうえで最後に笑ったのか。
わかっていて恨むなと申したのか……
呆然としていたイルバンディは我に返るとルシアの魂の欠片を慌てて拾い集めた。そうして拾い集めた欠片をひときわ純粋に輝くいくつかの魂に忍ばせた。その魂を愛し子と呼び、特別な力を与えた。ルシアが望んだ争いのない国を造りたかった。
しかし、人というものは豊かであっても他者を虐げる。そのことがエイデンブルグで改めて表面化した、だから罰を与えた。ルシアの魂を持つ愛し子を虐げたのだ、当然といえば当然。
ルシア……これは恨みには入らないだろう?
眉を下げ困ったような顔をするルシアが目に浮かぶようだ。
「イルバンディ様眠ってるの?」
「起きないね?」
「じゃあ、イタズラしちゃう?」
近くで妖精達の声がする。
イルバンディは眠っているわけではない、目を閉じて瞑想していただけで周りの声は届いている。
そんな妖精達の会話にイルバンディは重い目蓋を開いた。声がしていた方に目を向けるがすでに声の主達は姿を消している。どうやらイタズラするのは諦めたようだなとイルバンディはほんの少しだけ口元を緩めた。
「そろそろあの子を迎えに行く準備をしなくてはいけないな」
そう言い残すとイルバンディは椅子から立ち上がり花畑をあとにした。
♢ ♢ ♢
顔を合わす勇気が持てなくて、そっとアレット姉様の姿を遠くから覗き見る。姉様とイザークは今日も散歩をしているようだ。城の中の花壇は寒いこの時期でも寒さに強い花を植えている、だけどイザークが寒いからと姉様を誘導して温室の中に入っていった。
まあ、リーネの身体が寒いと可哀想だからいいんだけど、温室の入口は一箇所だから近づき会話を聞くことは出来ない。
「もう!堂々と会いなよー。寒い!」
一緒にやって来たシリルが隣で自身のコートの中に首を埋めて寒いと連呼している。
「だから、一緒にいなくてもいいって言ったのに」
そうシリルに告げると頬を膨らませた。
「だって……ユリウスの事が心配だし……」
「シリル……ありがとな?」
「うん……」
「シリル?」
シリルは何とも言えない顔をして、歯切れ悪く返事をすると頷いている。
「あのね……ユリウス」
「ん?」
ユリウスよりも少し背の低いシリルは真剣な眼差しをして少し上を見上げた。
「アレットに残された時間はそう長くないと思うんだ、だからアレットと話をするなら早い方がいいよ。いつまでもイルバンディ様がこの状況を放っておくとは思えないから」
「……妖精王は人に干渉しないんだろ?」
ユリウスの低い声に一瞬たじろいだシリルは負けじと反論する。
「それはそうだけど、イルバンディ様は本当は手助けしてあげたいんだ!だけど、それをよく思わない人もいる。だから平等を保っているようにしているんだ」
「だから姉様をリーネを見捨てたのか?断罪されるまで姿もみせなかったのに?」
「イルバンディ様は僕達を見捨てたわけじゃない。イルバンディ様にも考えがあるんだ。僕の呼びかけにも応えてくれないけど、それでもイルバンディ様を僕は信じたい」
ここの所シリルは迷っていたけれど、イルバンディと直接話せないとしても最後まで信じきるとシリルは誓った。
今のシリルの瞳には迷いはない。
大きな瞳を輝かせてユリウスを見つめている。
「……分かった。姉様に会えるように陛下に許可をとるよ」
シリルの眼差しに感銘を受けたユリウスも妖精王を信じることにした。この状況を打破するために妖精王が自ら動くかもしれない。だとしたら、アレットと話す機会は多くないだろうユリウスはそう考えた。
今のアレットは王宮で客人扱いとなっている。
ユリウスが逢うのにも許可をとるように言われている。
「だったら早く行こうよ」
「ああ……」
温室でイザークと笑顔で話すアレットを眺めながらユリウスとシリルは王城の中へと向かって行った。
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