第182話 回顧と今と
アレット目線です
ここはどこかしら?白い花が風に揺れている。
アルアリア・ローズ、この花はいつも私に勇気をくれる。それなのにどうしてかしら?こんなに不安なのは。
誰の気配もない、白い花だけが鮮やかに見える。
アレットはアルアリア・ローズを眺めながら回顧する。
愛し子だと言われながらも能力が示すことの出来ない私に悪意を持つ者は多い。加えて子爵令嬢という立場はこの国の皇太子であるイザーク様に相応しくないと苦言を呈する者もいた。出逢いは皇太子と愛し子という政略的なものに近かったがその認識はすぐに変わっていく。逢う度に彼に惹かれていった。
艶のある漆黒の髪は夜を閉じ込めたよう、その青い瞳は宝石よりも輝いている。イザーク様の見目を麗しいと表現する者は多い。実際、隣で見慣れた今でもそう思うこともある。だけどイザーク様の魅力は外見だけではない。高い魔力で騎士たちを先導し魔獣を討伐する力強い姿、その反面騎士や城に使える者達への配慮、街で遠巻きに見ていた平民に声を掛けた時にはその平民は感激して泣いたそうだ。イザーク様のひととなりは文句のつけようがなく、彼は絵に描いたような皇子様だ。
だけどそれはイザーク様が努力もしているからと私は知っている。魔力があっても技術を身に付けなくては使用出来ない、誰にでも配慮が出来ると言う事はそれだけ周りを気にかけており休まる事はないだろう。
中には彼を悪く言う人もいる、出来て当然だと当たり前だと言う人もいた。
体調が悪い日も耳を塞ぎたくなるような暴言が聞こえてきた時も、彼はいつも笑顔を絶やさずにいた。
そんな彼の隣にいたいから、側にいたいから、沢山努力した。皇太子妃になるための厳しい教育だって彼と一緒にいられるならばと頑張れた。生まれや能力の事で揶揄されても胸を張って彼の隣に立てるようにと必死だった。時には泣き出したいことも、逃げ出したいこともあった。その時は隣にいる彼の繋いだ手から伝わる熱とアルアリア・ローズが勇気をくれた。
だけどすべて無駄だったの?
私が何をしたというの?
アレット・エールドハルトは断罪された愛し子の名前。今はもう亡国となったエイデンブルグの最後の愛し子の名前。そう書かれている歴史書をみた時に私は愕然とした。
思い出した、私の最後。
死にたくなかった、もっと生きたかった。
どうしてこんな目に遭うのかと恨み言を言いたかった。
アル兄様に差し出された手をとってしまいたかった。
それでもそうしなかったのは、大切な人がいたから。ユージオやアル兄様、故郷にいる父、母に領地に暮らす人々。それからイザーク様。
私が逃げれば家族が罰を受ける、イザーク様も共謀だと問われるかも知れない、だから生きる望みを諦めた。結果的に国は滅んでしまった。大半の国民がいなくなった。イザーク様も亡くなってしまった。
私が違う選択をしていればイザーク様が亡くなることはなかったのだろうか。
「アレット!」
ハッと目を開けると亡くなったはずの愛しい人の姿がそこにあった。
「イザー……」
イザーク様と言おうとして彼は違う、と口をつぐむ。
彼は私の愛したイザーク様ではない、どれだけ同じ様に見えても違う。だから、名を呼ぶのを憚られる。
「私は………」
「うなされていた……ようですので……」
自ら彼は違うと言いながら言葉遣いに距離を感じて悲しくなる。私を見ているようで私の中にいる誰かを模索しているようで、つらい。もう、その熱に触れることもないのだろうかと、彼の大きな手を眺めて気分が沈んでいく。
「そうですか、いつの間にかうたた寝していたみたいですわね。起こして下さりありがとうございます」
「……いえ」
会話が続かない、昔のイザーク様はいつだって話題豊富で会話が続かないことなどなかった。だけどそれは私の気持ちの違いもあるのだろう。あの時の私はイザーク様に聞いてほしい事が沢山あった、話したい事が沢山あった、だからこそ会話が続いていたのだ。
黒い睫毛を伏せがちに聖騎士の白い衣装を身に纏うイザーク様に見なれない。違和感さえ感じる、だけど彼は私のイザーク様とは違うのだから私にそう感じる資格はない。
「イザーク様、私の護衛は他の方に変わっていただいても構いませんよ?」
この身体の持ち主の少女が護衛が必要なのは説明を受けて理解している。だけど護衛ならばイザーク様でなくてもいいはずだ、しかもここは王城なのだから警備だって万全のはず。そう思って私は笑顔で提案してみた。
「嫌です、お断りします。あなたの護衛は私だけで結構です」
そうキッパリと言ったイザーク様に少々驚いた。
言い淀む事の多かったイザーク様がはっきりと意思表示したのだ、それ程までにこの少女を大切にしていると言う事なのだろう。私の胸が小さく痛んだ。
だから、イザーク様は一瞬だけ傷ついた顔をしているのを見過ごしてしまった。
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