第181話 戸惑いと受容
日が落ちて、まもなくジャル・ノールド教会のユリウスが過ごす部屋に訪れる者がいた。
部屋の中に招かれたシリルは暗い表情を浮かべただぼんやりと暖炉の火を見つめている。
何か用事があったのだろうとユリウスから催促されてシリルは重い口を開いた。
「待ってくれシリル、意味が分からない」
正確に言うと意味が分からないではない、信じたくない。
シリルが嘘をつく理由もないし、こんな時に冗談も言わない。それでもシリルの言葉を納得できない。
リーネが深い眠りについて、その身体にはアレット姉様がいる?そんな馬鹿な話があるか?
すがるような視線を向けてもシリルの表情は硬い。
「……気持ちは分かるけど、原因の一つはユリウスにもあるんじゃないの?」
若木を連想させるシリルの双眸に射抜かれて、感情のままに動き反論する。
「どう言う意味だよ。俺の何が――」
「だってそうでしょう!?アイリーネはユリウスに会えなくて不安だったんだ、リベルト様の時の様に隠されているんじゃないかって」
「それは!だからシリルやクリスが直接話して解決したはずだろ?」
「……自分以外の者には会っているのに自分に会わないのは理由があるのではと考えてもおかしくないよね?」
「どういう意味だよ!?」
「………」
「シリル!!」
両肩に乗せられた手に力が入り、痛みを感じたシリルは顔をしかめた。ユリウスの手を払い痛みから逃れると睨みつける。
「だから、アイリーネはユリウスが自分に会わないのは自分を嫌ってじゃないかと感じていたってことだよ」
「そんなの……ありえないだろ?」
そうだ、ありえない。
いつだって一番に考えるのはリーネで。
物事の中心はリーネで。
俺の唯一で、誰よりも幸せにしたい愛しい人。
だから、嫌うなんてありえないのに。
暖炉の火が不意に消えた。
ランプが揺れて新たな影を作り出している。
室内の温度が瞬く間に下りまるで外で過ごしているような錯覚に陥った。
「ユリウス!!」
シリルに呼ばれ我に返る。感情に共鳴するように魔力が高まり漏れ出ていたのだと気付いた。
「………悪い」
息を吐きベッドに腰掛ける。
どうすればよかったんだと考える。
毒は広範囲に及んだ、治療を終えるまでは会わない方がいいと思った。皮膚に残る痣は濃くリーネに見せるべきではないと判断した。特に右半分の顔面はつい最近まで治療を要し、今も薄っすらと残り元通りになるまであと数日かかると言われている。
俺の判断が間違っていたのだろうか、会えばきっと自分の責任だと自分を責めるそう思ったから。
会いたくて仕方がなかったけど、我慢した。
リーネが俺の顔の痣を見て泣くくらいなら我慢出来る、あと少しで会える、そう思っていたのに。
「………リーネに会いたい」
俺は力なく虚ろな目でそう呟いた。
「……ごめん。ユリウスだけが原因じゃないってちゃんと分かってる。きっと色々と重なってタイミングが悪かったんだ」
「タイミング?」
「うん、タイミング」そう言ってシリルは話を切り出した。シリルの話は俺の知らない出来事ばかりで少し混乱する。リーネは悩んでいた、愛し子という存在と重圧に。リーネは傷ついた、俺に嫌われたのではないかと。
そしてリーネは深い眠りについた……
シリルの話を聞いている内に回帰前の姿が目に浮かんできた。回帰前のリーネの泣き顔が。今でもどこかでリーネが泣いているような気がして胸がしめつけらるる。まさか神聖力が使えなくなるほどのダメージを受けているなんて思いもよらなかった。
「なあ?シリル。俺達はリーネを幸せにするために二度目を始めたんだよな?今のリーネは幸せか?教えてくれよシリル」
シリルは何も答えない、顔を伏せたまま動かない。
リーネを幸せにする。リーネを守る、そう誓った。
だが実際はどうだろうか、リーネは幸せか?
だとすればなぜこの場にリーネはいない。
ただ強くなれば守れると思っていた、なんて愚かなんだろう。俺がこうして愚かだからリーネはいない。
「幸せなんかじゃない……だからリーネはいなくなった。俺がリーネをわかってあげられなかったから!そうだろ?シリル」
「……そんな風に言わないでよ、ユリウスだけが悪いんじゃない。それに僕はアイリーネを信じてるよ。アイリーネは必ず帰ってきてくるってね」
シリルは微笑んだ。
妖精の様に、微笑んだ。
不安など感じていないと、最後にはみんな幸せになるんだと、微笑んだ。
無理をしているように見える、虚勢を張っているのかも知れない。
それでもシリルは微笑む。
だから俺も微笑んだ。
「そうだな……リーネが帰ってきたら、この間の続きをするよ、デートは魔獣のせいで中途半端に終わったからなー」
わざと明るい声を出す、暗い考えに至らないように。
リーネを待ってる、いくら時間がかかったとしてもいい。それでも待ち続ける。
リーネの笑顔が見れるならば、いくら時間がかかろうとも待ってみせるから。
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