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断罪された妖精の愛し子に二度目の人生を  作者: 森永 詩


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第179話 地下牢と太った猫

 この忙しい時に何の用だとジョエルはやや怒り気味に地下牢を目指した。何度か足を運んだ事のあるこの場所だが慣れることはないだろう。地上よりも低い気温に対して高い湿度、ジメジメとしていて長居はしたくない。


 革靴が階段を降りる音が響くと、牢屋の中の罪人は勢いよく顔をあげた。



「やっと来てくれた!王宮魔術師!」


 フードを被っていてハッキリと顔は見えないが、その表情は笑っているようだ。


「いったい何の用があるというのですか?わざわざ私を指名して呼び出すなんて、こんな忙しい時に」


 暇な時が存在するのかも疑問だが、それでなくても今のジョエルは忙しい。特に愛し子の件については報告を受けたばかりで詳しい事はこれから調査しなくてはならない。



「いやー、あんたなら分かってくれると思ってさ」


 何をだ、とジョエルは眉をひそめて怪訝な顔をした。



「俺を騙していたあいつの情報をあんたに伝えようと思ってさ」


「……あいつとは?」

「あいつだよ!コンラッド・テイラー」

「コンラッド・テイラー!!それは、聖女誘拐事件の首謀者だと言われている人物ではないですか!」

「あー、そうそう」



 軽い物言いが気になりじっくりと観察すると、罪人はまだ若者のようだ。年はイザークと変わらぬぐらいかとよく見るとその瞳は金色だ。

 金色の瞳は珍しい、中でもテヘカーリの皇族に多く見られている。髪はテヘカーリに多い赤髮ではなく、こげ茶である。

 

「あっ、魔道具の効果も切れたか。やっべぇ」


 ジョエルの目線に気付いたのかフードを更に下げた。どうやら瞳の色を変える魔道具を使用していたのだな、それならば報告があがってこなかったのも納得だ。魔封じの首輪は本人の魔力を封じるだけだ、魔道具の効果が切れるまではこの男の瞳の色は違う色だったのだろう。もしかして、この男はテヘカーリの王族の血筋なのだろうかと考える。いや、そうだとしても現在テヘカーリの内政は落ちついているし、あの国が今更アルアリアを狙う理由はないだろう。


 ジョエルはゆるく頭を振り、束ねた薄紫の髮が揺れる。


「それで?コンラッド・テイラーがどうしたと言うのですか?」

「だから、俺はあいつに騙されたんだよ!」

「騙された?」

「……ああ」


 この男いわく、コンラッド・テイラーは一定以上の闇の魔力を持つ者に声を掛けていたようだ。仲間のような関係ではなく同じ目的を果たすだけの関係。


「それで?コンラッドは何と言って近づいて来たのですか?」

「……囚われているあの方を救い出そう、そう言われた」

「あの方……」

「あんたも分かるだろう?同じ闇の魔力を持つ者なら誰を指しているのか」 



 闇の魔力を持つ者にとっての"あの方“は、間違いなく闇の妖精王と呼ばれるカルバンティエ。

 物語では闇の妖精王は妖精王イルバンディとの戦いに敗れて封印されているとされている。だからこそ、ここに来て騙されいたとこの男が主張するのには疑問が残る。


 ジョエルは顎に手をやり考えたがこの男の意図は分からない。なぜ自分の意志を急に変えたのか?


「……なぜ騙されていたと言えるのだ?本当の事なのかも知れないぞ?」

「……いや、分かるさ。あの方から直接聞いたんだ」

「はぁ?直接だと!?」

「ああ、直接ここまで来てそう仰った」



 牢の中の男は目を輝かして語っている。

 直接だと?わざわざこんな場所に?果たして本物なのだろうか。しかし、偽物がやって来るにしてもここには逃げ出さないように、自害出来ないようにそれなりの対策が出来ている。


「……どんな姿でしたか?」


「太った猫だった」


 真顔で話す男に本物か、とジョエルは乾いた笑いが出た。

 

「そうですか……それで猫は何と言ったのです?」


 それだけで信じるとはこの男は考えが足りぬ奴かそれとも純粋と言うべきなのか、と目の前の男を見る。


「自らの意志で留まっている。自分を崇拝する者が罪を重ねるのは望まないと言っていた。すごく悲しそうな顔をしていた、俺には分かるあれはあのお方だった闇の魔力を封じられていても分かるんだよ。だから、あいつ……コンラッドの能力について知らせようとあんたを呼んだんだ」


 ジョエルは男の言葉に目を見開いた。


 能力が分かれば対策が出来る。

 上手くいけば捉える事も出来るかも知れない。


「その能力とは?」


「姿を変える事だ。男でも女にでも変化する、見破る事はむずかしいだろうな。あまりにも体格が違う幼子は無理だろうが大人なら誰にだってなれる。存在するやつにも存在しない奴にもな」


 それは少々厄介かも知れないなとジョエルは眉間に力を込めた。本当の姿が分からない上に、敵も味方もコンラッドではないのかと疑わなくてはならない。


 ジョエルは考え込みながら地下牢をあとにする。


「あっ、ちょっと待ってくれ王宮魔術師さんー。教えてやったんだから待遇を良くしてくれ。俺はネズミが大嫌いなんだー。おーい、聞いてるのかー」


 ジョエルの耳には届いていなかった。


 



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