第178話 二度目と期待
アレットは再びベッドに戻された。
こうして眠っている姿はどう見てもアイリーネなのにと戸惑ってしまう。苦しんでいる様子のない寝顔を見ると少しだけホッとする。
たいした根拠もないのに、彼女なら大丈夫だと思っていた。断罪を前にしても取り乱すことのなかった彼女なら。だけど、違っていた、よく考えてみれば彼女だって年若い女性だったのだから。
不安だったろうし、怖かっただろう。結果的に彼女は倒れてしまった、僕は間違えたんだ。
「ごめんなさい、イザーク」
シリルは素直にイザークに謝罪した。
深々と頭を下げてもイザークは振り返りもせずにベッドで眠る彼女を見つめたままだ。
「私に謝っていただかなくても……」と、だけ言った。
静寂が訪れると二人の間に気まずい空気が流れる。
「……リオンヌ様やユリウス様には……」
「うん、リオンヌ様にはもう連絡が言ってると思う。ユリウスには……僕が伝えるよ」
「そうですか……」
リオンヌ様には経緯を話してあるはずだ。アレットでいる間は城に滞在させるとも伝えてあるだろう。
それからユリウスは……
教会で療養中のユリウスは何も知らない。
アイリーネが神聖力を使えない事も深い眠りについている事もなにもかもだ。
気まずい雰囲気に耐えかねて、シリルはそっと部屋を出た。このまま教会に行こうかと馬車に向かっていたシリルは急に歩みを止めた。廊下で立ち尽くしていたシリルは城内のある場所を思い浮かべいた。
そうだ、前々から気になっていたあの場所へ向かうことにしよう。期待しても望みは薄いけど、もしかしたらという可能性もある。
隠し扉を経由して地下へと続く階段は薄暗い。
準備していたランプを掲げて、注意深く先へ進む。
地下は地上よりも温度が下り、シリルは思わず身震いした。
目的地の扉の前に立ち、緊張した面持ちでその扉を開けた。
あの時と変わらない風景、だがあの時とは違うある事実に落胆した。回帰の儀式を執り行った王家の秘宝が眠る地下神殿はあの時と変わりない。石造りの床に壁、妖精王の石像もそこに変わらずあった。ただ、違っていたのは神殿全体に満ちていた神聖力。この部屋で感じる神聖力は前に訪れるた時とは比べようもないくらい薄く感じる。
これでは回帰する事は出来ない、とシリルは膝をついた。
もしもこの二度目が失敗した場合、三度目は可能なのだろうか。いつの頃からかシリルはそんな疑問が頭の中を巡っていた。
過去に還ったのならば、地下神殿も神聖力に満たされているのではと考えた。しかし実際に地下神殿を訪れそんな希望は打ちのめされた。
膝をつき呆然とする。
膝から伝わる石の床の冷たさを感じていても、立ち上がることはない。身体が冷え、両手で自分の身体を抱きしめた。
「シリルはイルバンディ様にお会いしたことある?」
アイリーネの言葉をふと思い出した。
――あるよ、君が生まれた神託の時だ。
「やっぱりシリルは違うよね」
――違わないよ、だって今はどれだけ呼んでも応えてくれない。
僕がもう人になったから、関われないのだろうか。
それとも僕という存在に見切りをつけたのだろうか、そんな考えにまで陥ってしまう。
妖精王に制限があるという事を理解しているはずなのに、恨み言がこぼれそうになってしまう。
「僕は弱くなった……昔の僕ならこんな風に想うことなんてなかったのに……」
イルバンディ様の石像を見つめても答えはでない。
どれだけ願っても叶わないかも知れないだろう。
けれども、祈らずにはいられない。
イルバンディ様に想いを伝える方法は他にはないのだから……
シリルは目を閉じ両手を組むと祈りを捧げた。
どうか皆が幸せになる未来が訪れますように。
目を閉じていたシリルは気づかない。
ほんの一瞬、イルバンディの石像の瞳が僅かではあるが光っていた事に。
♢ ♢ ♢
チューチューと鳴く声に舌打ちをする。
「ネズミ……こんなかび臭い場所ならいてもおかしくないな」
フンと鼻で笑うと何かの気配を感じた、すぐに警戒して牢の外を眺める。暗闇から現れた影の小ささに呆気にとられた。
「猫?なんでこんな所に?」
野良猫にしては太っていて、貫禄もある。
長い毛をした猫はゆったりと歩き、こちらと一定の距離で立ち止まった。
猫は腰を下ろすと、まるでこちらをジッと眺めているようだ。
しかし、ここは城の地下にある牢屋だ、猫とはいえこのように簡単に入ってこれるものだろうか。
「そなた達の望みはなんだ?」
「えっ?猫が喋った!?」
あまりにも驚きすぎて、近寄ろうとして足がもつれた。無様にも転倒した自分に猫は冷ややかな目線を向ける。
「そうか、その首輪で魔力を感知できないのだな?」
ハッとして自分の首に手を当てる。
そう、自分の首には魔封じの首輪が付けられている。任務に失敗して捕まったからだ。
俺は聖女を誘拐してオークションで売り捌くという役割があった。相手側に光の魔力を持つ者がいるとは聞いていなかった。それから、自分よりも上の闇の魔力を扱う者の存在も。だから、余裕だと思っていたのに結果は散々だ。
「もしも、闇の妖精王を解放しようとしているならば、止めておくれ。自らの意志で閉じこもっているのだから。自分を崇拝する者がこれ以上罪を犯すのはもうみたくないのだ」
猫はそう言うと悲しそうな顔をした。
「闇の妖精王だって?なんで猫がそんなこと……まさか!あなたは!?」
もしかしたらという考えに高揚する。
もし自分の考えが正しいのならば、この猫は崇拝するあの方の仮の姿ではないだろうか、と。
「いいね、忠告はしたよ。そなたとそなたの後にいる者もだ。いいね?」
「後?何言って――」
そう思って振り返るも誰の姿もない。
「誰もいないじゃ――」
再び前を見た時には、猫がいた場所には何もなかった。
「ちゃんといたよな?俺がおかしくなったのか?」
猫がいなくなった途端に再び現れたネズミに現金なやつらだ、と思いつつも猫の言った言葉が頭から離れない。
――あの猫の言葉が正しいなら、俺達がやっていることは……
「おーい!誰かいるか!?王宮魔術師と話がしたい!誰かー聞いているか!?」
俺の声を聞きつけてこちらに向かう看守の足音に少なからず、期待する。
この状況を打破できるかも知れないと……
読んでいただきありがとうございました




