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断罪された妖精の愛し子に二度目の人生を  作者: 森永 詩


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第175話 願いは必ずしも

 もう、そろそろ良いだろうか、とイザークはジャル=ノールド教会を見上げた。

 

 馬車を教会の正面まで移動させ待機させると、イザークは教会の奥を見つめた。奥には裏庭があり、そこにいるはずのアイリーネの事を想うと気が気でない。それ程までには先程のアイリーネは今にも消えて失くなりそうで、触れれば崩れてしまいそうな危うさがあった。


――裏庭に向うとしよう。



 聖堂に入り祈りを捧げる信者達を横目に通り過ぎると裏庭に続く廊下を歩く。外套から見える白い聖騎士の制服は穢れなく妖精王への忠誠を表しているとされている。中でも愛し子の専属護衛であるイザークは人々から最も高潔だと褒め称えられている。

 今も通り過ぎるイザークを聖堂内の人々は目で追うと羨望の眼差しで見つめている。

 


 他人の目にはそのように映るのかとイザークは口元に笑みを浮かべた。妖精王には感謝している、望み通りに彼女の側にいられるからだ。しかし、忠誠を誓っているかと問われれば違うと答えるだろう。

 自分の全ては彼女に捧げると前世で既に決めていた。例えあの頃と姿形が変わってしまったとしてもだ。



 裏庭に繋がる扉を開けて目当ての人物を探す。



「アイリーネ様!アイリーネ様!?」


 不意に聞こえてきたその名前にドキリとした。

 その焦りをみせる声色に只事ではないと判断した。

 声がする方へ慌てて駆け寄るとそこにはベンチに背を預けて座るアイリーネと彼女を呼ぶエルネストがいた。



「どうしたのですか!?アイリーネ様?」


 アイリーネの側に寄り名を呼んでも彼女が目を開ける事はない。恐る恐るその体に触れると暖かい、安堵したのもつかの間、アイリーネは目覚める気配がない。呼吸は規則正しく脈も正常だ、はたから見ればただ眠っているように見えるがこれ程呼びかけても反応がないのは、異常といえるだろう。



「いったい何があったのですか!?」

「それがこのベンチに座り話をしていたのですが、そろそろ中に入ろうかと声を掛けたのですが、反応がなく……」

 オロオロとしながらエルネストはイザークの問に答えた。イザークの見る限りエルネストは偽りを言ってるようには感じない。



――確か前にもこのような出来事があった。

 あれは確かアイリーネ様が公爵家の実子ではないと知った時だ。



「申し訳ありませんが馬車に向かいますので、シリル様を呼んで来て頂いてもよろしいでしょうか?」


「わ、わかりました!」


 教会の中へ消えるエルネストを確認すると、イザークはアイリーネを抱きかかえる。その瞬間にある事実に気づき胸が痛んだ。

 

 アクアドラゴンが現れたあの日に比べると明らかに軽くなっている。食欲がない事も、眠れていないのも知っていた、だから予想はしていたものの実際こうして痩せているという現実を突きつけられると穏やかではいられない。


「アイリーネ様………」


 自分の腕の中にいる、返事のない名前の主を呼ぶ。

 苦痛はないように見える、それがせめてもの救いかとイザークは白い外套を翻すと馬車へ向かう。



♢  ♢  ♢



 王城にある見慣れた客室。寝室と応接室がある二間続きの広い客室だ。

 何かある度に使用しているこの部屋に良い想い出はない。どちらかと言えば何か不具合が起きている時、そんな印象だ。



「お待たせしました」


 そう言ってアイリーネの眠る寝室から退室して来たジョエルは診察を終えたようだ。


 応接室にて他の者と共に控えていたイザークは無言でアイリーネが眠るベッドに近寄るもその瞳は開けられる事はない。長いピンク色の髪が白いシーツの上でより鮮やかに映る。絵本に出てくる眠り姫のようだ、だとしたら目覚めさせる事が出来るのは王子様なのだろうか。実物する王子様はクリストファーとローレンス、アイリーネの王子様と言うならばユリウスだろうか、けれどこの場にはいない。

 

 イザークはらしくない自分の考えを頭から追い出すように小さく首を横に振った。

 

 ジョエルによる診察を終えてもアイリーネの意識は戻る様子はなく運び込まれた時と大差ない。


「どうだった?ジョエル」


 シリルの質問に薄紫の束ねた髪が乱れるほどジョエルは頭を掻いた。いつも淡々としているジョエルが苛立っているように見える。


「状況はよくないですね。アイリーネ様の意識はとても深い場所にいるようだ、こちらの呼びかけにも返答出来ない程の深い場所に。それよりも身体の方が問題です」

「身体って……」

「意識が戻らない日が続けばもともと衰弱が酷かった身体は保たないかも知れません。このままではマトモな食事をするのも難しいでしょうし」

「……そう」



 神聖力を使用しても体力の回復は見込めない、そう分かっていてもシリルに縋って懇願したい、その思考を悟られぬように冷静を装いながらイザークは眠るアイリーネを見つめていた。



「ジョエル、詳しい話は隣の部屋で話そう。イザーク、アイリーネを頼んだよ」


 そう言うとシリルの言葉通りにシリルに促されたジョエルが二間続きの寝室から退室すると、寝室に残るのはイザーク一人となった。


――シリル様には悟られているか……


 シリルは気を利かせてくれたのだろうと、イザークは悲しげに笑った。



 眠るアイリーネの頬にかかるピンクの髪を正す。

 顔色が悪く見えるのは眠りにつく前からだ、栄養も睡眠も充分では例え頑丈な成人男性であったとしても体調を崩すであろう。この小さな身体で耐えていたと思うだけで込み上げてくるものがある。



「アイリーネ様……」


 イザークは傍らに膝をつき願うように語りかける。



「アイリーネ様、私の全てはあなたのものです。あなたが存在しないのならば私は存在する意味がない。あなたが……もしも、この世を去ると……言うのなら……私の生きる意味もない。アイリーネ様……だから……どうか……」


 目覚めれば彼女を悩ます現実がある。

 だけれども、このままでは彼女の身体は保たない。

 目覚めてもいつも笑顔とはいかないだろう、それでも目覚めて欲しい。今以上に楯になります、お側を離れません、だからどうか私の気持ちが届きますように。


 イザークの頬に一筋の涙が伝う。


 嗚咽をこらえてイザークはただ身体を震わせる。




――誰?誰かが呼ぶ声が聞こえる。

 懐かしい声、愛しい人の声。

 二度と逢えないと思っていたのに、確かに聞こえてくる。

 私を呼んでいるの?望んでくれているの?


 私も会いたかった、イザーク様……あなたに





 横たわる彼女の瞳がゆっくりと開くと、眠りから覚めたのかと驚いたあとイザークは破顔した。

 いい大人がだとか繕ってなどいられない。彼女の小さな手を掴み、自らの手で包み込んだ。宝物が戻ってきたと世界中の総てのものに感謝したい気分だと、喜びにふるえた。


 そんな自分を見る彼女の視線は不思議そうで若干の違和感に戸惑う。


「アイリーネ様?」


「……アイリーネ?」


 自分の言葉を繰り返すだけの彼女にもしや記憶に障害があるのだろうかと不安がよぎる。  


「イザーク様?」


 自分の名が呼ばれ杞憂だったのかとホッとしたのもつかの間、彼女の言葉に耳を疑う。


「イザーク様、ここはどこでしょうか?エイデンブルクではありませんよね?」


「エイデンブルク………?」


 イザークの態度に今度はアイリーネが怪訝そうな顔をする。


「イザーク様どうしたのですか、エイデンブルクは私達の祖国ではありませんか。あっ、もしかして私をからかうつもりですか?そうはいきませんよ」


 フフッと口元に手を添えて目の前のアイリーネは笑う。


 そんなはずはない。

 そんな馬鹿なことはありえない。

 そう思考を巡らせても、瞳に映る人は懐かしい彼女にしか見えない。

 

 胸がドクドクと大きな音をたてて煩い。

 目眩に侵されたのか、足元か歪んで見える。


「あなたの名は……」


 そう伝えると再び彼女は笑う。 

 記憶に残る彼女と同じだ。



「答えてください」



 イザークの真剣な口調に戸惑いながらも彼女が口を開いた。



「私は……アレット。アレット・エールドハルトです」



 イザークはその名に息を呑んだ。



読んでいただきありがとうございました。


今日は七夕で彦星はイザーク?と思いながら書きました。

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